SSブログ

ちょっといっぷく その202 [付記]

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 本編を二話お届けしました。いかがでしたでしょうか。
 ざくっと総括しておきます。

 ◇ ◇ ◇

 第101話。いっきが受験予定の県立大のオープンキャンパス。しゃらと二人で出かけたいっきの心理の動きをご覧いただきました。

 ここでは幸運と不運が隣り合わせになっていましたね。
 幸運。バイオ講座の先生がとてもいっきの姿勢を高く評価してくれたこと。知名度は高いけど学生への指導姿勢がおざなりな動物学講座の先生と違って、現状をしっかり押さえていながらもきちんと指導してくれそうな先生でした。いっきはほっとしたでしょう。

 ただ。先生のコメントは辛口です。先生が教えるのは高校まで。大学では共に学ぶ、だよ。はっきりと自立を要求されました。完全自立に向けてあがき続けているいっきにとっては、しんどいセリフだったかもしれません。

 不運。しゃらとの別離をはっきり意識してしまいました。自宅から通えない学校である以上、しゃらとの蜜月はどうしても『物理的に』切れるんです。もちろん、それはいっきもしゃらももうわかっています。でも約束を前提にしているしゃらと、そこに踏み込むつもりのないいっきの間には意識に落差があるんです。いっきはそれを直視せざるをえなくなってしまいました。


 第102話。こっちは辛気臭い話ですね。
 一年生の時、花屋バイトでお世話になった花農家の佐々木さんとその恋人の素美さんが実力行使(両親の承諾なく結婚)に出て、結婚に反対していた素美さんの両親がいっきの伯母である巴さんに泣きついた……という騒動。巴さんの落とした雷はお笑いですけど、結構生臭い話かと。(^^;;

 佐々木さんが普通のサラリーマンなら、巴さんは知るかいなと放り出したでしょう。でも、佐々木さんは営農組合に入っている農家です。地域での付き合いがありますし、親を頼れません。そして、素美さんは箱入り娘。短大を出たばかりで、世間を全く知りません。だからこそ、フェイルセーフのために素美さんのご両親との筋を通しておけ! とことん真っ当ですね。(^m^)

 問題はもう一つの方。いっきが関わってしまった弓削さんのケア。いっきが直接携われない以上、ケアスタッフである同居人の動静が絡む巴さんはいろいろな受け皿を確保しておかなければなりません。社会に出られるようにする前に、社会生活をシミュレーションできる場所が欲しい。そこに会長の家といっきの家を組み込めないかと打診してきました。本当にそれが可能かどうかはまだなんとも言えません。

 厳しさと優しさは対立概念ではなく、相互に裏打ちされる関係なのでしょう。いっきが会長と巴さんの対応からそれをじわっと思い知るというお話でした。

 ◇ ◇ ◇

 定番化させるつもりでコマーシャル。(笑

 アメブロの本館で十年以上にわたって書き続けて来た掌編シリーズ『えとわ』を電子書籍にして、アマゾンで公開しました。第1集だけ300円。残りは一集400円です。最新の第25集も刊行しました。kindle unlimitedを契約されている方は、全集無料でご覧いただけます。


 えとわ 第25集


 ◇ ◇ ◇

 さて、このあと続けて本編をと行きたいところですが、もう少しお弁当作りにかかりそうです。しばらくてぃくるでしのぐことにいたします。
# 最後の学園祭のパートがすごく厄介なのよ。(^^;;


 ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽にコメントしてくださいませ。

 でわでわ。(^^)/




sdm.jpg


「発熱しているわけじゃないんだけどな」

「照れてるわけでもないし」

「でも寒いー」


 セダムが赤くなって寒さに耐えています。
 もう少し暖かくなってくれば緑色を取り戻すかな。



nice!(68)  コメント(2) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第102話(10) [小説]

いろんなことが変わっていく。
その中には、少しずつよくなるものも悪化するものもある。

みんな、よくなってくれればいいなあと願いつつ暮らして
いるけど、その願い通りになるとは限らない。
でもいい変化を望まない限り、その変化は来ない。

素美さんのこと。弓削さんのこと。
伯母さんは、これまでとは少し違った形で変化をもたらそ
うとした。
正面突破の力業じゃなく、少し引いて。逃げ場や猶予を
作って。

それは、変えようとしている事態の選択肢を増やすってい
うことに繋がるんだろなあと。そう思ったりする。

自分のあやふやさに不安を感じていた僕だけど、アバウト
なところがあるから選択肢を増やせる……そういう逆転の
発想も必要なのかもしれない。
自分のキャパが足りない、足りない、足りないってぶくぶ
く劣等感を膨らませるんじゃなくて、ね。

会長が切り花で持ってきてくれたヤグルマハッカの花。
香りは、ベルガモットって言ったっけ。
ハッカっていう名前はついてるけど、ああいうすーすーし
た感じじゃなくて、オレンジっぽい甘い香りだ。

それって、ちょっと伯母さんに似てるかなあと思った。
ハッカっていう名前で損しているところがね。

伯母さんがここに越してきた時。
でっかい会社の総帥だった時の重圧はもう外れていたの
に、伯母さんはどこまでも総帥のままだった。

曲がったことが大嫌いで、自分にも人にも厳しい。
自分を少しでもましにしようとして努力を重ねる人が大好
きで、そういう人たちは全力で応援してくれる。
でも、ちゃらけたやつやすぐにへたるやつに対しては、最
初からまるっきりマイナス評価だったんだ。

まあ、その気持ちは分かる。
ぶつぶつ文句言うだけでまるっきり動かないやつとか、口
先ばっかで何もしないやつは僕も嫌いだよ。
でも、伯母さんの基準は異様に厳しすぎるんだ。

伯母さんは、ちゃんと努力してるしゃらまでばっさり袈裟
斬りにした。
どうでもいいことに、いつまでぐちぐちこだわってるの
よって。

同じように、自力で動かなかった穂積さんを触り損ねて放
置した。
自分の真っ当な態度が穂積さんを追い詰めているとは、
思ってもみなかったんだろう。

伯母さんは優しいよ。ものすごく優しい。
でも、その優しさが厳しさの鎧に隠れて見えなくなること
があったんだ。

それは……もったいないを通り越して、危ないなあと思っ
てた。
だって厳しさの奥にある優しさに気付けるのは、心に余裕
のある人だけだもん。

でも。
自力では何もできない弓削さんのケアに付き合ってきたこ
とで、伯母さんの厳しさの鎧がだいぶ緩んできたんじゃな
いかなあと思う。

僕が時々口にする、しゃあないじゃんという開き直り。
伯母さんも、しゃあないもんはしゃあないって、少しだけ
開き直れるようになったんだろう。
その分、伯母さんの優しさがはっきり見えるようになって
きた。伯母さんの感情表現込みでね。

それは……すっごくいいことだと思う。

「そっか。会長と伯母さんて、逆方向に動いてるんだな」

会長は。ものすごく優しく見えたけど、その下に恐ろしい
くらいの厳しさを隠し持っていた。

伯母さんは、妥協を許さない厳しさで自分や他人をいつも
見通していたけど、その下には誰も真似できないくらいの
優しさが詰まってた。

そのどっちかが真実で、どっちかが間違ってるなんてこと
はないんだろう。
それぞれの生き方が、会長と伯母さんの性格を形作ってい
て、どっちもよく香る。
そういうことなんだろうな。

「よ……っと」

ヤグルマハッカの花を花瓶にわさっと生けて、ダイニング
テーブルの真ん中に置く。

もうそろそろ母さんがパートから帰ってくる時間だ。
きっと部屋の中に漂う甘い匂いを嗅いで、ほっこりするだ
ろう。
その嬉しそうな顔を見てから、今日いろいろあった話を切
り出せばいいかな。

「まあ、全体としてはいい話だったよね。それでいいよ
な」



monard.jpg
今日の花:ヤグルマハッカMonarda fistulosa



nice!(65)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第102話(9) [小説]

伯母さんが、ふうっと大きな溜息を漏らす。

「まあ……不幸っていうのにはいろんな形があるんでしょ
うけど。不幸な人にはその自覚がある。自覚がない彼女
は、周囲がどこまでも不幸だと思っているのに、その感覚
が理解できないんです。どうしようもない。就学も途中ま
でしか果たせてなくて、小学校中学年レベルの学力しかあ
りません」

「うわ」

「それでも、うちで寄ってたかって彼女の自我を引っ張り
出す訓練を続けてきて、少しだけ意思が前に出るようにな
りました。勉強も、少しずつ進めています」

ふうっ。それを聞いて。本当にほっとする。
伯母さんも笑顔だ。

「最悪の状況からは脱しつつある。それはいいんですけど」

「社会復帰、ですね」

会長が一発で当てた。

「復帰というのは当たっていないかもしれません。彼女の
年齢なら、まだ親が庇護し、そのガイドの下にいるはずな
んですよ。でも、その親が毒親のままいなくなった。意識
の歪みがすぐに露出するようじゃ、怖くて社会参加させら
れないんです」

「そうか。復帰じゃなく、参加……か」

「ええ」

厳しい表情で、伯母さんが弓削さんを見つめる。

「これまで、あらゆる人から虐げられてきた子です。その
不運はどこかで帳消しにしないとならない。そのためにう
ちで与えられるものは、なんでも提供しますよ。でも、全
てをお金や人材でカバーすることはできないんです」

伯母さんが、きっぱり言い切った。

「そのお金でどうにもならない部分を、カウンセラーの妹
尾さんやうちの同居人たちに、ボランティアで埋めても
らってたんです。でもね……」

「わかります」

会長が、さっと先を引き取る。

「学生さんは、卒業して家を出る。亜希ちゃんと同じっ
て、ことですね?」

「そうです。なので、少し長いスパンで付き合ってもらえ
るサポーターが欲しい。どうしても欲しい!」

訴えに血が滲んでいる。
そう思えるくらい伯母さんの働きかけは切羽詰まってた。

「うーん……」

会長が、腕組みをしたまま考え込んでしまった。
進くんや司くんが生まれる前なら。
まだ会長が一人の時なら。
会長は、きっと二つ返事で引き受けただろう。

でも、自分の家庭を犠牲にしてまで弓削さんのケアに手を
伸ばすことは出来ない。
それは、受験生の僕やしゃらにサポートできることがうん
と限られてるのと同じだ。

もちろん伯母さんも、会長がおいそれとオーケーを出さな
いのは想定していたはず。
だから、伯母さんの提案はすごく現実的だった。

「八内さんのような住み込みの形は、お願いしようがあり
ません。そうじゃなく、家事の練習生。そういう付き合い
方をお願いできればと思っています」

「ああ、そうか。じゃあ、通いということですね?」

「そうです。ずっとうちに缶詰にしていても、あまりリハ
ビリが進まないんです。出勤という感覚。仕事のために家
を出て、仕事を終えて家に帰る、そのシミュレーションを
させたいんです」

「なるほどね」

会長が、納得顔でぐいっと頷いた。

「そうか。それなら、私もお手伝いできるかもしれません」

「いつきくんに聞いておいてもらったのは、その出勤先を
もう一つ確保しておきたいからなの」

「ええっ? うちもですかっ!」

「あくまでも候補よ。でも、出られるところを徐々に増や
していかないと、受け皿を探せない」

むー。確かにそうだ。

「まあ、僕は来春ここを出る予定だし。母さんが、黙って
るとは思えないし」

「ほほほっ。そうね」

会長が目を細めて笑った。

「問題は、むっつりすけべの父さんがどう出るか、だなあ」

どてっ!
伯母さんと会長が揃ってぶっこけた。

みんな、父さんの実態を知らないからねい。ぐひひ。


nice!(48)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第102話(8) [小説]

「義母との同居が始まりましたし、小さい子二人と義母の
面倒を私一人で見るのは正直しんどいです。でも、家事と
子供の世話を親身にこなしてくださる方を探すのが、結構
大変で」

「そうでしょう? 金銭的なことはともかく、住み込みで
一日中となると双方にストレスがかかるでしょうから」

「そうなんですよ。いっそのこと、割り切ってヘルパーさ
んとシッターさんを時間雇用していこうかと思っていたん
ですけど、慌ただしいんですよね」

あ! そうか。伯母さんの意図は読めた。
でも、あっきーと弓削さんはまるっきりタイプが違う。
うーん……。

伯母さんが、ぐりっと首を回して弓削さんの方を見る。
それからもう一度会長の方に向き直った。

「事情を隠してもしょうがないので、これからそれを明か
します。それを聞いていただいた上で、波斗さんにぜひお
願いしたいことがあるんです」

「なんでしょう?」

会長がこくっと首を傾げた。

「住み込みにさせてくれとはとても申し上げられません
が、彼女を家政婦として雇用していただけないでしょう
か?」

「は?」

会長が、ぽけらった。

「あの。お見かけしたところ、高校生くらいのような」

「いつきくんのところの実生ちゃんと同じ、16歳です」

「何か事情が?」

「身寄りがないんですよ」

前に会長を交えてりんと弓削さんの話をしたから、会長は
だいたいのことは知ってる。
でも、もっと詳しい事情が知りたかったんだろう。
今回初めて聞くという姿勢で、伯母の説明を待った。

伯母さんは、一切の無駄を省いて淡々と弓削さんの事情を
会長の前に並べていった。

「彼女は、弓削佐保と言います。母親の行き過ぎた依存と
束縛の影響、そして周囲の人たちの無理解と放置の影響で、
人格が壊れています」

「壊れて……ですか」

「ええ。誰にでも隷属してしまうんです。ロボットと同じ
ですね」

会長が、じいっと弓削さんを見る。
そう今の時点でも、ものすごくおかしいんだよね。
自分の話をされているのに、まるで他人事なんだもん。
あのとんでもないおっさんがいた会議の時と同じだ。

でも、隷属しようとする相手をきょろきょろ探さなくなっ
ただけでもものすごい進歩なんだ。

安心して自分を解放できる相手……妹尾さんと自分の赤ちゃ
んがいるから、妹尾さんと他愛ないおしゃべりをして、し
きりに赤ちゃんに話しかけてる。

「じゃあ」

会長が、こわごわ赤ちゃんを指差す。

「あの子も、彼女が望んで産んだわけではないんですね?」

「そうです。母親の死後、複数の男の間をたらい回しされ
て子供ができてしまった。行政のケアを受けようとするな
ら、母子別々が原則で、彼女がそれを認めてくれればサ
ポートプランを組めるんですが、隷属体質の彼女が唯一猛
烈にこだわっているのが自分の娘なんですよ」

「それ……」

「恐ろしいでしょ? 赤ちゃんだけは自分に命令しない。
それが、赤ちゃんにこだわる理由ですから」

真っ青になった会長が、弓削さんからさっと視線を逸らし
た。


nice!(68)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第102話(7) [小説]

「婚約……かあ」

正直、結婚決めてるなら婚約になんの意味があるのかなあ
と思ったんだけど、伯母さんの説明はとても分かりやす
かった。

まあ、僕には当分縁がないよな。まだガキだし。
問題は、それにしゃらが納得してくれるかどうかだけど。

さて。
脱線はそこまでにして、勉強を再開しようと思ったら、ま
たドアホンが鳴った。

「宅配かな?」

どたどたと階段を降りたら、家に戻ったはずの伯母さんの
姿が。

「あれ? 忘れ物ですか?」

「いや、別件」

そして伯母さんと一緒にいたのが、これまた予想外の人た
ちばかりだった。

弓削さんと赤ちゃん。妹尾さん。そして……なぜか会長。
ど、どういうメンツ?
訳がわかんないけど、何か話があるんだろう。

「いつきくん、ごめんね。うちでやりたいんだけど、今亜
希ちゃんをナーバスにするわけにいかないので……」

「は……あ」

理解……不能。なんだあ?
でも、込み入った話みたいだし。

「席、外します?」

「本当は恵利花さんの耳に入れときたいんだけど、今日は
いないみたいだから、代理で聞いといて」

ううー、またそんな微妙な。

「てか、僕がいて大丈夫なんですか?」

「ああ、だいぶ慣らしが進んだからね。直接強いやり取り
が発生しない限りは問題ないよ」

伯母さんの口調が落ち着いてる。
最初の最悪の奴隷状態からは、ずいぶん改善が進んだって
いうことなんだろう。

僕はしばらく没交渉だったから、なんとなくほっとする。

「じゃあ、上がってください」

「おじゃましますね」

◇ ◇ ◇

妹尾さんは弓削さんと赤ちゃんのお世話役で、この件には
直接タッチしないらしい。

僕らからは離れたところに三人が陣取った。

ということは伯母さんと会長の直接会談、プラス僕……と
いうことか。
もっとも僕は単なる伝令で、会談内容をあとで母さんに伝
えろってことなんだろう。

伯母さんが、会長に向かってすぱっと切り出した。

「時間が限られているので、単刀直入に」

「ええ」

「波斗さんのお宅では八内さんが家政婦をされていて、で
も高校を卒業される八内さんが来春大学進学と同時に家を
出られると伺ってます」

「そうです」

「そのあと、どなたか家政婦を雇われるご予定は?」

「迷っています」

会長が、ふうっと肩で息をした。


nice!(60)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第102話(6) [小説]

榎木さんが、口元を歪めて吐き捨てた。

「俺らの勝手にするって何もかも放り出したら。あんた方
もそうされるんだよ? 少しは常識を考えなさいな」

関係者がいっぱいいるから言葉だけだけど、榎木さんと
佐々木さんの一対一だったら鉄拳飛んだかも。
それくらい、榎木さんのどやしは強烈だった。ぞわわ。

「ってことで、私と榎木さんの説教は終わり。あとは、あ
んたたちでどうするか考えなさい」

伯母さんがすぱっと宣言して、解散にしちゃった。

「あ、一言だけ追加。もし、さっきいつきくんが言った手
続きを踏むなら、その相手は佐々木さんと素美さんのご両
親だからね。私たちをこれ以上頼ったり巻き込んだりしな
いように。以上!」

き、きっつぅ。


◇ ◇ ◇


全員退去かと思ったけど、伯母さんと素美さんのお母さん
だけが、少しだけ延長戦をやった。

「申し訳ありません。娘がご迷惑をかけて」

「いや、結婚そのものはいいんだけど、そのあとを考えた
ら慎重なくらい地ならしをしとかないと……」

「ええ」

「あの」

僕は不思議だった。
お母さんは、反対じゃないのかな。

「いいんですか?」

「娘の決めたことです。その責任を親に取れって言われて
も、それは……ね」

お母さんが、遠ざかっていく二人の背中をじっと見つめて
いる。

「いいんですよ。成功も失敗も、その中にいないと分から
ないんですから。トライの結果は、全部自分で受け止めて
もらわないとね。未成年ならともかく、もう大人なんです
から」

お母さんの優しい微笑みは、そのあと苦笑に変わった。

「素美は大丈夫でしょ。ちゃんと現場を体験して、その上
で覚悟をしたんでしょうから。それより、いつまでも子供
のお父さんをどうするかの方が、ずーっと大変」

そうかもしれない。
さっきだって伯母さんの筋論なんかどうでもよくて、誰か
結婚話そのものを止めてくれよって必死の形相だったから。

それを誰も相手にしてくれなかったっていうのが……なあ。
ものすごく哀れだった。
父親って、かなぴー。


nice!(68)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第102話(5) [小説]

でも、伯母さんはどこに着地させるんだろう?
二人の結婚そのものには反対しようがなく、でも手続きが
どうにもまずい……ってことでしょ?
そもそも手続きってのがご両親の結婚承諾だとしたら、そ
こから一歩も動けなくてこう着状態になっちゃうじゃん。

僕が何度も首をひねっているのを見た伯母さんが、さっと
落としにかかった。

「じゃあ、手続きってのは何? 私が答えを言ったんじゃ
クスリにならない。二人で今考えなさいよ」

佐々木さんと素美さんだけじゃなく、僕までそろってうん
うん考え込むはめになっちゃった。

タカと五条さんの時も、中沢先生とかんちゃんの時も、い
きなりゴールインだったからなあ。
それ以外に、何かあったっけ? 

あ、そういやリックさんとしずちゃんはどうだったんだろ
う? 
しずちゃんの親がすっごい反対してたのを、リックさんが
説得したって言ってたよな。そのことかな?
いや、手続きだから。たぶんそうじゃないなー。
うーん……。

でも、一番参考になりそうなのがリックさんとしずちゃん
の結婚だった。
ちゃんと一般的な形式に則って、結婚までのプロセスを進
めたって聞かされたから。
一般的、かあ。

付き合い始めて。結婚したいなと思って。プロポーズして。
入籍して。結婚式。

何か欠けてる?

「あ……」

真っ先に気付いたのが僕ってところが、すごく間抜けだっ
たかもしれない。

「そうか。確かに」

「でしょ?」

伯母さんが、僕の顔を見てにやっと笑った。

「なんだなんだ。当事者じゃないいつきくんが真っ先に気
付くってのは情けないね」

「リックさんとしずちゃんの結婚で分かりました」

「そうだね。リックはすごくまじめだから、ちゃんと手続
きを踏んだんだ。フルコースでね」

「はい! 婚約と結納が欠けてますよね?」

その瞬間。
佐々木さんと素美さんが、真っ赤になってしょぼんと俯い
た。

「つまりね。佐々木さんと素美さんはベストを尽くしてな
いの。周囲の人たちに、自分たちの結婚の意思は固いんだ
というアピールがしっかり出来てない。だから、親の態度
を硬化させちゃうの」

ぴっ!
伯母さんが、佐々木さんに指を突きつける。

「いつまでも遊んでいるガキの感覚でいたら。あっという
間に奥さん子供を巻き添えにして不幸にするよ! 自分の
年を考えなさいよ!」

おおらかな佐々木さんだけど、それは無神経や行き当たり
ばったりの裏返しでもある。
伯母さんや榎木さんは、その無計画性が怖くて仕方ないん
だろう。僕も心配。

「婚約や結納ってのは、単なる儀式や通過儀礼じゃない。
結婚までの間に、自分たちの精神を個人から二人セットに
束ねていかないとならないの。そのための重要なステップ
だよ」

なるほど……。

「関係者への周知、新生活に向けた準備、親との関係の調
整……みんな、その期間に行なう。そして、予備期間を置
くことで頭が冷える。自分にとって本当に相手が必要か、
二人で支え合って生きていけるのか、それを改めて確認す
る必要があるの」


nice!(47)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー