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三年生編 第80話(1) [小説]

8月15日(土曜日)

ここに越して来てから三度目のお盆。

朝からお墓参りの準備で、家族全員ばたばた走り回ってる。
今日は少し雲が多いけど、雨の心配はなさそうだ。
ただ……。

どうも、気乗りしない。
それは僕だけじゃなくて、家族全員そうだろう。

勘助おじちゃんのことがあるからっていうだけじゃない。

亡くなったおじいちゃん、おばあちゃんには申し訳ないけど、
僕や実生にとっては、お墓参りそのものよりも仲のいい親戚
の人たちに会える楽しみの方が大きかった。
それが……今年は初めて重荷に感じる。

僕や実生に分け隔てなく絡んでくれていた、またいとこたち。
健ちゃん、さゆりん、順ちゃん、小波ちゃん、菊花ちゃんた
ち……。
僕らはずっと子供だったんだ。でも、僕がもう子供とは言っ
てもらえないように、みんなの年齢が上がって、それぞれの
事情が複雑に絡むようになってきた。

去年は実生が受験生だったけど一緒に行ったし、今年は受験
生の僕が出る。でも、去年は大学のサークル合宿や受験対応
で来れなかったメンバーが結構いた。
そうやって、櫛の歯が欠けるみたいにみんながばらばらになっ
ていっちゃうのが……すごく寂しいんだよね。

時の流れ。
そこで癒されるものがあるのと同時に、僕らは多くのものを
失っていく。
それは……現実として受け止めないとならないんだろう。

「さて。出るか」

父さんが、踏ん切りを付けるように膝をぱんと叩いてソファー
から立ち上がった。

「おっけー。ゲート開けてくる」

「実生は、花忘れないようにね」

「うん。大丈夫だよー」

いつもよりは少ししんみりした感じで、僕らは揃って家を出
た。


           −=*=−


いつものように、お母さんの方から。
だいたい予定通りに海沿いの霊園に着いて、休憩所の横の階
段をゆっくり上がる。

「あれ? 誰か先客がいるじゃん」

「え?」

背後の海を見ながら歩いていた母さんが、僕の声にびっくり
して振り返った。

「あら。姉さんとリックじゃない。わざわざ来てくれたのか
しら」

そういえば、一昨年にここでリックさんとメリッサおばさん
に会って、僕らの周りが一気に賑やかになったんだよなあ。
不思議だよね。

小走りに階段を駆け上がった母さんが、おばさんたちに話し
かけた。

「姉さん、リック、わざわざ来てくれたの?」

「あはは。いつきくんにうちの母のお参りに付き合ってもらっ
たからね。それに、一度はどうしてもお参りしたかったし。
リックに無理を言って連れてきてもらったの」

「ありがとう。母がすごく喜ぶと思うわ」

「エリカさん、ご無沙汰しています」

「結婚式以来ね。元気にしてた?」

「はい。おかげさまで」

リックさんは、ずっとにこにこしてる。
最初に会った時と何も変わらない。

屈んだ母さんは墓石を白布できれいに拭くと、実生が持って
いた花束を受け取って、お墓の前にそっと据えた。

「母さん。とっても賑やかになったわよ。毎日が本当に楽し
いわ。だから、その毎日が一日でも長く続くように」

「祈っていてね。お願い」

立ち上がって静かに目を瞑った母さんが、胸の前でぎゅっと
手を組んだ。
僕らも、それにならう。

ふうっと大きな母さんの吐息が聞こえて、それが合図だった
かのようにみんなが目を開けた。

「ねえ、リック。新婚生活はどう?」

茶目っ気たっぷりに、母さんがリックさんをいじった。
リックさんが照れる。

「わはは! まあ、ブレーキの壊れてる人と一緒に暮らして
ますから、いろいろあります。でも、楽しいですよ」

ブレーキが壊れてるって……確かにしずちゃんはそんな感じ
だったよなあ。すげー。

「まあ、いまのところ一番の問題は」

リックさんが、やれやれって顔で腕を組んだ。

「もし妊娠したらお酒を当分控えないとならないんですが、
あのしずちゃんですからねえ……」

どてっ。な、なんつーか。

すかさず巴おばさんが混ぜっ返した。

「きっと、酒徳利持って生まれてくるでしょ」

ぎゃははははっ!
全員で大笑い。

母さんは満面の笑みを浮かべたまま、眼下の大海原をそっく
り抱きしめるようにして両腕を広げた。

「私が亡くなった母に捧げられるのは、幸せに暮らしてるっ
ていう報告だけよ。それしか出来ないし、母はそれで満足し
てくれるでしょ」

それから。
目を細めて海原を見渡し、メッセージを風に流した。

「母さん。また……来年ね」



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