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三年生編 第110話(4) [小説]

まるで修行僧のように見えていたから、すごく意外だった。

「前に。減量の話をしたろ?」

「はい。階級が上がると体格差がもろパンチ力の差で出て
しまうから、減量して階級を維持するっていうことでした
よね」

「そうだ。食って脂肪を増やすのは簡単だが、ボクシング
に使える筋肉を食って作るのは大変なんだ。でかくすれば
重くなる。骨格が大きくなるわけじゃないから、体のバラ
ンスが崩れてくる。そいつをしっかり制御するのは大変な
んだ。絞って体重減らす方がまだ楽さ」

「はい」

「減量はボクサーにとっての苦行。確かにそうなんだが、
俺にとっては祭りなんだよ」

「えええっ?」

そ、それはびっくり。

「どうしてですか?」

「祭りってのは、当日までの準備が楽しいのさ。本番は、
そのおまけだ」

「あ……」

そうか。

「しんどい減量も、うんざりする基礎トレや節制も、毎日
飽きもせずに繰り返すスパーも。全部、祭りの準備だ。準
備を手抜きしたら、最高の祭りにならないんだよ」

「……」

「準備を手抜きした祭りはぽしゃる。試合で勝利するため
に戦うのが祭りのクライマックスだが、準備まで含めて祭
りと考えられないやつは大成しない」

「なんとなく、わかります」

もう、僕の準備は間に合わない。
祭りはすぐに始まってしまう。
最後のお祭りだっていうのに。

ぐだぐだと自分自身に言い訳をしていた。
受験生だからしょうがないって。

違うよな。
一度楽しいことに目が向いてしまうと、受験から逃げたく
なるんだ。
これで最後なんだから、ちょっとくらい……って。
オンオフをすぱっと切り替えられない自分が、楽しいこと
から無理やり目を逸らすために、自分自身に苦しい言い訳
をし続けていただけ。

でも。
お祭りは一人で盛り上がっても意味がない。
三年生全体がシラケている中で、僕一人がハイになっても
しょうがないじゃん。

ああ……でも。それもきっと言い訳なんだろな。

なんか試合にぼろ負けしたボクサーみたいな気分で俯いて
いたら、矢野さんがからっと笑った。

「はっはっは! だが、しょせんは祭りさ。一瞬のこと
だ。祭りで全てをちゃらにすることはできない」

「どういうことですか?」

「足んない部分は、欲で満たすしかないんだよ」


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