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三年生編 第110話(3) [小説]

「ようし。二セット。思ったほどなまってねえな」

「はあはあはあっ。そ、そうですか?」

息が上がってる。腕の筋肉がつりそうだ。
でも、身体中にアドレナリンがどくどく溢れ出ていた。

ミットを外して、それをぽんぽんと膝に叩きつけた矢野さ
んが、僕をぐるっと見回した。

「飢えてんな」

「そうかもしれません」

「いいことだ」

にっと笑った矢野さんが、僕に基本の構えをさせた。

「ジャブとショートストレート。そんなに錆びてねえ。次
はフックだな」

「フック、かあ」

「ジャブやストレートは縦の動き。ピストン運動なんだ。
元のポジションにすぐに戻せる反面、軌道を読まれる。だ
が、フックは円運動。動きの予測がつかん」

「なるほど」

「フックってのはオフェンスの中で一番応用が利く。チン
(顎)を狙って頭を揺らす。ディフェンスの上からぶちこ
んで、相手の体勢を崩す。決定打からつなぎまで広く使え
る。ただな」

「はい」

「円で打って線で戻すのは異なる動作の組み合わせだ。ど
うしてもディフェンスが崩れやすい。それと、腕を曲げた
まま打つからアッパーほどじゃないが射程が短い」

そうか。腕を曲げ伸ばししてみて、納得する。

「寄れば、相手のパンチを食らうリスクも高くなる。勇気
を持って踏み込まないと届かない」

そのあと、矢野さんが見本を見せてくれた。
腕を振り回すのではなく、肩をひねって入れる。
打ち終わったあとでディフェンスポジションにいかに素早
く戻すか。
打ち抜くことよりも横から崩すことをイメージしろ。

気づけば30分以上パンチを出し続け、汗まみれになって
リングを降りた。

「ぶふぅ」

「すっきりしたか?」

「ええ。何も考えないで、無心に動くっていいですね」

「というこたあ、今できてねえんだな」

「どうでもいいって言えば、どうでもいいことなんですけ
ど」

隠し事をしてもしょうがない。
もやもやがあるのは紛れもなく事実なんだ。
僕は、学園祭との距離が開いてしまって楽しめなくなって
しまった苛立ちをそのまま吐き出した。

しょせんガキのお遊びじゃないか。
そんな風に、矢野さんに呆れられるのは覚悟の上で。

でも僕のげろを黙って聞いてくれた矢野さんは、目を細め
てふっと笑った。
それは、バカにした笑いではないように思えたんだ。
何かを思い出したような、そんな笑い。

「祭りだな。俺も好きだよ」

「矢野さんも、ですか?」

「そう」


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