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三年生編 第110話(2) [小説]

「ひいひいひい……げほっ」

あ、あかん。
とことん体力が落ちてる。恐ろしいもんだなあ。
体育の授業では体が動いてるんだけど、基礎体力が少しず
つ削げていってるんだ。
たかだか5キロに満たない距離で息が上がるとは思わなかっ
た。がっくし。

セイノジムの前で両手を膝に当ててあえいでいたら、ジム
の引き戸が勢いよく開いて、中からファニーな顔の会長さ
んが出てきた。

「あれ? あんた」

「あ、ご無沙汰してますー」

「やっとその気になったかい」

ちゃうって。

「いや、もうちょいで受験なので……」

「ちぇー」

ちぇーじゃないよ。まったくぅ。
がっかり顔の会長さんに、矢野さんがいるかどうかを聞く。

「矢野さん、来てらっしゃいます?」

「ああ、今はロードに出てる。すぐ戻ってくるはずだぜ」

「すごいなあ。まだずっと鍛えてるんですね」

「そりゃそうさ。あいつの大事な稼ぎだからな」

「え? 稼ぎ?」

首を傾げた僕の背後で、ごっつい声がした。

「おう、工藤さん。久しぶり」

「あ! 久しぶりですー!」

「今日はどうしたい」

「いや、ちょっとここんとこ全体に不完全燃焼気味なの
で、スパーをやってもらいたいなあと」

「はっはっは! まあ机にかじりついてばかりじゃそうな
るわな」

「矢野さんは、まだ体を絞ってるんですね」

「そう。来週、スパーリングの相手をしないとならん。相
手は世界ランカーのメキシカンだ」

「ひ、ひえええっ!」

「まだ若いんだが、パンチ力がはんぱなくてな。スパーリ
ングパートナーを壊しちまうんだよ」

え、えぐい……。
でも、矢野さんはけろっとしていた。

「それでも、ライト級のやつだからな。ウエルターの俺と
は階級差がある。そう簡単に壊されるこたあない。ああ、
立ち話もなんだ。すぐにヘッドギア付けて上がれ」

「ありがとうございます!」

以前矢野さんに教えてもらったことは、頭ではなく体が覚
えてる。
ただし全体に筋力が落ちてるから、イメージしている通り
には動けないだろう。
少しずつでも動作を研いでいくしかない。

動き回る矢野さんを追いつつ、矢野さんの構えたミットの
位置にジャブを打ち込んでいく。
筋肉がすぐに悲鳴を上げ始めたけど、そこを抜けないとト
レーニングにならない。

痛みやしんどさを、言葉ではなくエネルギーに転換しない
と、何も残らない。
これまでのスパーと違って、僕は矢野さんの足さばきや
ミットの動きに集中できた。


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