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【SS】 見えないプレゼント (高井 涼) (六) [SS]

「まあ、そこらへんはいろいろやってみてだね。あたしと同じように、リョウが実績を積めば自力で動ける範囲がうんと広がる。処遇よりも、その自由度が財産になると思うよ。まあ、がんばって」

 湿っぽさ一切なしでからっと言い切った菊田は、柔和な笑顔を一瞬曇らせた。

「菊田さん、どうしたんですか?」
「ああ、小田沢さ」
「あれ? そう言えば最近見かけないなあと」

 顔を見合わせた高井と松田に向かって、菊田がばふっとでかい溜息を吹きかける。

「あいつは、本部に引き上げられたんだよ」
「……」

 サテライトから本部へ。本来ならば、それは栄転コースのはず。だが「引き上げる」という菊田の表現には、真逆の意味がこもっていた。

「悪いやつではないんだ『が』。その『が』はいつかどけなきゃならないんだ。そうしない限り居場所がなくなる」
「どけられなかったんですね」
「そう」

 菊田が、やり切れないというようにゆるゆる首を振る。本部は、小田沢を解雇するのではなく再研修後に配置転換するらしいよ。そう説明した菊田の声には張りがなかった。
 高井は、以前「あいつは不幸なんだよ」と言った菊田のコメントを思い返して、菊田の想いを反芻した。

 菊田さんは、最後まで小田沢さんを見捨てたくなかったんだろう。ここがだめでも他があるパートやアルバイターと違って、妻子を抱え、生活を背負っている正社員の小田沢さんには後がない。経歴に大きな傷をこさえてしまう前に、なんとか態度を改めさせたい……表面的な感情を超えたもっと深い想いがあって、それでも小田沢さんを変えることができなかった。徒労感がどうしようもなく大きかったんだろうな、と。

 ううん、他人事じゃないな。高井はちっとも動いていない自分の足元をじっと見下ろす。俯いた高井を見据えていた菊田が、声をかけた。

「なあ、リョウ」

 屈んだ菊田が、著しい葉落ちで売り物にならなくなったポインセチアの中鉢を持ち上げ、高井に向かって突き出した。意図を汲めずに戸惑いながら受け取ったのを見て、菊田が訊いた。

「それがもしあたしからリョウへのプレゼントだとしたら。リョウはもらって嬉しいかい?」

 高井が考え込む。無価値なものを贈られても嬉しくない。でも贈ってくれた人は大恩人だ。うーん。
 どうにも答えようがなくてもごもごと口籠ると、菊田がさっと鉢植えを取り返した。

「そういうこと。プレゼントってのはもらう方にしか意味がないんだ」
「あっ!」

 小田沢さんと自分。どこが違う? 菊田さんがくれる示唆は全く同じ。菊田さんの指針は一貫していてぶれがないんだ。でも、小田沢さんは受け取ってすぐに捨てた。わたしは受け取ったものをずっと大事にしてる。その差が何に由来しているかは一目瞭然。

 高井は、さっき菊田と松田に言われた「自力で気づけ」というアドバイスの真意を悟った。


「だから、気づけ、取りに行け、なんだよ。感性が鈍い怠け者はいいプレゼントをもらえないし、プレゼントの意味もわからない。それが小田沢の大きな欠点であり、不幸なんだ。あいつは本部がずっと届け続けてくれたプレゼントに、最後まで気づかなかったんだろう」

 周囲にあるもの全てが特上のごちそうなのに、気づかず飢える乞食のよう。ぞっとした高井が、ぶるっと身を震わす。追い討ちをかけるように、菊田が小言を足した。

「欲しいプレゼントは、必死に取りに行かないともらえない。だからさっき工藤さんに釘を刺したんだよ。余計なことを言うなってね」

 菊田の厳しい視線は、高井にではなく自身に注がれていた。それを見て、高井がやっと気づいた。
 そうか。不安なのは自分だけじゃなく、菊田さんも同じなんだ、栄転はチャンスであると同時に深刻なピンチなんだ。そして、菊田さんはこれから大波に挑む……プレゼントを自ら取りに行くんだ、と。

「いいプレゼントをいただきました」
「ははは。どやしだけならタダだからね。いくらでもあげるよ」

 もう一度高井の背をぽんと叩いた菊田は、丸顔をもっとまん丸笑顔にしてばたばたと走っていった。寒風を縫って、菊田の激励が聞こえてくる。高井がもっとも欲しいと思っているプレゼントになって。

「まあ、がんばって。あたしの異動後は主任のリョウが新城主だよ。城主として堂々と打って出られるよう、しっかり自分を鍛えてね」


【 了 】



補足:
 リョウこと高井涼は、いっきの近所に住んでいる一人暮らしの若い女性。いっきの二つ年上ですね。背が高いショートヘアの和風美人ですが、ゴナンのリョウとしてヤンキーたちの間で恐れられていた超絶ヤンキーでした。しかし、リョウは徒党を組むのが嫌いな一匹狼。いっきたちとの間には接点がなかったんです。

 いっきがよく散歩に行く、森の台地区のてっぺんにある公園。そこでいっきがフルートを吹いているリョウに気づいて交流が始まりました。精神を病んだリョウの母親が会長を巻き込んだ騒動を起こしたことがきっかけになって、いっきの家族に接近。ご近所の気安さもあって、リョウは工藤家によく顔を出すようになります。
 超低位高の五葉南高校(ゴナン)にいながら頭脳明晰なリョウは、いっきに効率的な勉強法を叩き込みました。どちらかと言えば落ちこぼれ気味だったいっきの成績を一気に引き上げた立役者なんです。

 高校卒業後、トレマホームセンターの店員として働き始めたリョウ。高校時代はがりがりにとんがっていたものの、社会人になってからは角が取れ、仕事ぶりはとてもまじめです。
 上司の菊田さんに心酔しているので、栄転の話はショックだったでしょうね。

◇ ◇ ◇

 さて。このお話は、いっぷくでも触れましたがもともとカクヨム自主企画の参加作品として編んだもの。二十五個の指定お題が組み込まれています。
 『和服の男性』『蔵出し』『験担ぎ』『喜劇』『猫』『またたび』『カフェ』『巨大ごぼう』『桜吹雪』『出逢い』『宴』『上弦の月』『黄銅鉱』『万年茸』『魔女(バーバヤーガ)』『インスタントタトゥー』『無駄骨』『屋台骨』『肩甲骨』『薬指だけが』『代名詞使用禁止』『トマト』『デスゲーム』『一枚鏡』『ワンボックスカー』の、合計二十五個です。

 この二十五個が五十個でも百個でも、組み込むだけならそれほど難しくはないんですよ。組み込まれたお題のどれかだけ浮かないように整えるのが、腕の見せ所になると思います。そういう意味では、うまく仕立てられたんじゃないかなあと。

 また、奇抜なお題をこなしやすくするため、一人称で書くことが多いわたしには珍しく、三人称の文体です。まあ、こういうのもたまには書くよということで。はい。

◇ ◇ ◇


 あまりクリスマスっぽくないお話だったかもしれませんが、クリスマスにも忙しく働く人たちは大勢います。クリパでわいわい騒ぐだけがクリスマスではありません。何を贈り、何を贈ってもらえるか。心のやりとりの意味と重要性を味わう日として、自身を見つめ直す日であってほしいなと。そう思う、クリスマスの一日です。

 みなさま、どうぞよいクリスマスをお過ごしください。(^^)/




sn.jpg

(サネカズラ)





I Want A Hippopotamus For Christmas by Lake Street Dive


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