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【SS】 見えないプレゼント (高井 涼) (五) [SS]

 店内に流れているクリスマスソングの破片が耳の中で不規則に転がり、高井の意識が現在に戻った。常に忙しい菊田は、高井がぼんやりしていた間に本棟に戻ったらしい。どこにも姿がなかった。

「栄転かあ……」

 高井は今春すでに予感していたのだ。菊田が他店舗に動かされることを。叩き上げ社員として園芸部門をホームセンターの看板に育て上げた腕利きの菊田を、いつまでも主任のままで置いておくはずはない。高井の予感は確信に近かった。そして、予感は現実となり、確信が確定に変わった。

 来年の春、菊田は他店の副店長として異動することが決まっている。
 本部は徹底した実力主義。学歴一切不問で菊田の人格と業績を高評価し、要職に抜擢した。高井にも、菊田と同じようにチャンスが与えられるだろう。だが、そのチャンスは自力で……実力を見せて掴み取らなければならない。まだ日常業務をこなすことで精一杯の高井には、菊田のレベルまで自分を高められる自信が全くなかった。

「ええとー」

 耳元でいきなり声がして、上の空だった高井がバネ仕掛けの人形のようにぎごちなく頭を下げた。

「いらっしゃいませー」
「って、珍しいね。リョウちゃん。ぼんやりして」
「う……」

 見切りの大鉢を二つ手に持ってにやにやしていたのは、生活雑貨コーナーでパートをしている工藤恵利花。工藤は、役得だと言わんばかりに休憩時間や勤務時間明けに園芸コーナーに立ち寄って見切りを漁る。今日も舐めるようにして掘り出し物を物色し、出物を見つけて喜色満面だった。

 工藤もまた菊田同様に心配りができる人物だったが、気分屋の上に菊田の百万倍口が悪い。高井の顔を覗き込むなり、遠慮もなにもなく核心にずばりと切り込んだ。

「菊田さんでしょ? 栄転ですってね」
「はい」
「まあ、慣れるしかないわ。いて欲しい人には去られ、いて欲しくないろくでなしばかりが吹き溜まる。世の中、そんなものよ」
「ううー」
「わたしも若い頃はホームセンターの店員だったからね。人の入れ替わりは激しいし、人間関係めんどくさいし。今のリョウちゃんみたいに恵まれてるケースなんかめったにないと思うよ。これまで恵まれてた分、ちゃんと苦労しなさい」

 返す言葉が見つからず、高井が苦笑いで応える。

「ああ、そうだ。クリスマスだから、プレゼントをやり取りするでしょ?」
「うちは、そういうのは……」
「いや、一般論として」
「はい」
「菊田さんからもらえる助言は特上のプレゼントよ。そう考えた方がいい。パッケージ開けて、わーすごいで終わるプレゼントは結局それだけ。でも、心に刻み込まれるプレゼントは滅多にもらえないよ」

 高井は頷くしかなかった。

「そしてね」
「はい」
「プレゼントをもらうだけでなく、ちゃんとあげなさいね。うちの息子も娘も、リョウちゃんから勉強を見てもらえた。息子はそれを最大限活かしたし、娘も無駄にはしないでしょ。とてもありがたいプレゼントだったわ。私はアホだし」

 包装もリボンもない剥き出しの言葉のプレゼント。だが、高井は工藤の評価がとても嬉しかった。

「役に立ってよかったです」
「まあね。そんな風に、リョウちゃんにはもらえるものだけでなくあげられるものがどんどん増えてくるでしょ。それでいいんじゃない? 菊田さんもそう言うはずよ」

 二人が話をしているところに。苦虫を噛み潰したような顔で菊田と松田が揃ってやってきた。

「工藤さん。喋りすぎ。リョウに自力で気づいて欲しかったんだけどなあ」
「そうよー。ポテンシャル高いんだから、いくらでも気づけるはずなのに」
「すんませーん。あ、リョウちゃん、これ取り置きしといてね」

 ぺろっと舌を出した工藤が、あっと言う間に逃げ去った。その背中をやれやれという表情で見ていた菊田は、笑顔に戻って高井の背中をぽんと叩いた。

「転勤ですっぱり縁が切れちゃうってことはないよ。わからんことや困ったことがあったらいつでも聞いてくれていい。使えるものはあたしだけでなく、なんでも使いなさい。松ちゃんもサポートはしてくれる」
「サポートだけね」

 松田がぱちんとウインクする。

「さっき、私がそろそろ離陸って言ったでしょ?」
「はい」
「それは、菊田さんから離陸しなさいってことじゃない。欲しいものを取りに行くには、どうしても今の自分より先に飛ばないとならないの。さっき工藤さんが言ってたみたいに、誰かにプレゼントをあげられるようにするためにね。それが離陸。今の自分からの離陸」

 何をどうしても、変わる。全ては変わっていく。ならば。変わることを通して自分に何か残したい。それを貴重なプレゼントとして受け取りたい。
 高井は、少しだけ不安を削り取ることができた。まだ……少しだけ。残る不安が溜息として漏れた。

「ふうっ」
「まあ、なんとかなるって。あたしがここを引き継いだ時にはもっとひどかったんだ。それをここまで押し戻せたんだからさ」
「そうなんですか?」
「あたしの前の主任が、引き継ぎもなにもなしでいきなりどろんしたんだよ。あたしはまだ入ったばかりだった。リョウ以上のぺーぺーだったのにさ」
「げげーっ!」

 高井だけでなく、松田もそろってのけぞった。

「出足が最悪だったから、何をどうやってもプラスになった。あたしはすごく恵まれてたんだよ」
「タ、タフだあ」
「いやあ、さっき工藤さんが言ってたじゃない。こういうところは人間関係が面倒だって」
「はい」
「あたしが入った時は最悪だったんだ。上司もパートも怠け者の役立たず。そのくせあたしをクソヤンキーって言って徹底的にバカにする」


 その頃を思い出したのか、菊田の顔が般若になる。


「うわ……」
「でも前任者のとんずら騒動でスタッフを一新できたから、ラッキーだったんだ。そこから、一緒に働いてくれる有能なパートさんを一本釣りしたの。松ちゃんも寺さんもそう。リョウだって同じだよ。要らないやつは採らない。悪いけど」


 優しいと言っても、菊田は何でも許容するわけではない。改めて菊田の厳しさをまざまざと見せつけられ、高井の肝が縮んだ。



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