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三年生編 第99話(7) [小説]

ぐわあっ!
どっごーん! ベッドから転がり落ちちゃった。

「いてて……うっそおおおっ!」

「本来娘の世話は、赤の他人のわたしではなく、親のあな
たたちがやるべきだって」

「いや、それは筋としては分かるけど、その両親が穂積さ
んの最大最強のストレッサーじゃないすか!」

「ですよねー」

いつものレンさんなら、必ず混ぜっ返しただろう。
でも、レンさんの口調には緩いトーンが一切混じっていな
かった。

「ううー、伯母さんもなあ……」

いや、伯母さんの考えてることは分かるよ。
穂積さんは、どこかで親との距離の調整に挑まないとなら
ない。
両親が揃ってケアに向き合う姿勢を見せてる今が、絶好の
チャンスだってことは分かる。

でも、それは穂積さんの状態が少しでも上がっていれば、
でしょ?
今までどん底低空飛行の穂積さんが、急に浮上するはずな
んかないよ。
だって、穂積さんは全部なくしちゃったんだもん。

行長さんも、仕事も、穏やかな生活も、友達も……。
ぜーんぶなくなっちゃった。
病気でなくたって、健康な人でも絶望的な状況なんだ。

唯一の命綱だった伯母さんの代わりに、これまで天敵だっ
た両親が押し付けられたんじゃ……もっとひどくなるじゃ
ん。

「ううー」

ああ、そうか。伯母さんは焦れたんだな。
どこかで穂積さんの状態に変化が見えたら、そこから一気
に反転攻勢をかけられる。
でも、穂積さんはずーっと潰れたままなんだろう。

もし弓削さんのことがなければ、伯母さんは穂積さんの回
復を辛抱強く待ったんだろうけど、変化は穂積さんより弓
削さんの方に早く来たと見た。

弓削さんを取り囲んでいるのは、妹尾さん、恩納先輩、り
ん、ばんこ……みんな優しくて明るいケアスタッフなん
だ。
迫害を受け続けてきた弓削さんにとって、今は天国みたい
な状況だと思う。
それでいい変化が起こらないわけはない。
間違いなく上げ潮が来てるんだろう。

この先、どうしてもケアスタッフが入れ替わってしまう。
そうなる前に、一歩でも半歩でも駒を進めておきたいって
ことなんだろなあ。

今まで弓削さんを家の中にずっと隠してきたのに、外に出
して慣らしを試したのは、弓削さんの変化がはっきりして
きたから。
伯母さんとしては、そのタイミングを絶対に逃したくない
んだろう。

当然、伯母さんの意識は、全く変化のない穂積さんから離
れてしまう。
もう成人しててオトナなんだし、ずっと潰れたままならケ
アの母体が誰になったって同じでしょ。
そんな風に、見切られてしまったんだ。

「はあっ……どう考えても、あのご両親じゃ無理ですよー」

「そう思われますか?」

「うん。いや、社長もお母さんも、ちゃんとケアの基本は
勉強したはずだし、これまでみたいにでかい態度を穂積さ
んにばんばんぶつけることはないと思うんですけど」

「そうですか?」

「ええ。二人とも、とても意志が強い方なので。でもね」

「はい」

「一度自分に向けられた敵意や圧力の意味を考え直すって、
すっごく難しいんです」

「どうしてですか?」

「相手がどんなに態度を変えても、その変化が信じられな
いからです」

「……ああ。そうなんですね」

「はい。レンさんの場合、高瀬さんも糸井先生もすごく誠
実な人たちで、レンさんの敵側に回ることは一度もなかっ
た。そこに絶対的な拠り所があった」

「間違いなくそうです」

レンさんがきっぱりと即答した。
その口調に、二人に対する揺るぎない信頼感がくっきり浮
き出る。


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