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三年生編 第96話(2) [小説]

「いつきくん?」

蛇腹ゲートのところでちゃりから降りた途端、会長から声
をかけられて、はっと我に返った。

「何かあったの?」

すごく心配そうな顔をしてる。あはは。

「いや、模試の手応えが今いちだったので、ちょっと……」

「あ、そっちかあ」

「はい。もうひたひたと本番が近くなってきたので。聞い
てはいたけど、プレッシャーがはんぱないす」

「そうよねえ……」

「会長の時はどうだったんですか?」

「私? そうねえ」

ぐいっと腕を組んだ会長が、少しずつ高くなってきた空を
見上げる。

「一般入試で行ったから、他の受験生と全く同じだったと
思う。予備校通い、模試、進路相談、受験勉強……フル
コースね」

「そっかあ」

「女子校だったけど、高大一貫じゃないから受験生はみん
な必死よ。今も昔も同じじゃないかな」

「なるほど。田貫市だと聖メリアがそうかあ」

「そうね。若槻さんにもお話を伺ったけど、いくら進学
校って言っても、やっぱり三年生だけは別世界になると言
われてたわ」

そのままじっと空を見上げていた会長が、ぽつりと呟いた。

「受験の形が様変わりしてるみたいだけど、人生の早い段
階で大きな試練を経験するっていうのは、とても大事なこ
とだと思う」

「そうなんですか?」

「そう。今までの親がかりの生き方から、自分で考えて組
み立てた生き方に大きく舵を切る。それが受験の意味じゃ
ないかなあと。私はそう思ってる」

ふうん。

「あっきーはどうなんですか?」

「成績がいいし、本人に上昇志向や成功志向があるなら、
尻を叩くわ。でも」

「はい」

「亜希ちゃんには、未だに心の基盤がない」

「……」

「その状態で、自他を高次で比べる人たちの中に入ると、
間違いなく潰れる」

ぞっ……とした。

「あまり難しいことを考えない人たちの中に紛れ込んで、
べたなやり取りの中で自分の居場所を作る。それを無理な
く出来るところの方が、亜希ちゃんに向いてると思うの。
今のぽんいちが、まさにその環境なのよ」

「そっか。それで武道系のところが志望先なんですね」

「そう。学力的には楽勝よ。でもうちを出て下宿するな
ら、そのこと自体が大きなプレッシャーになる。どこかで
ストレスレベルを下げてバランスを取らないと」

「うん」

「御園さんもそうでしょ?」

ああ。確かにそうだ。

「同じですね。しゃらなら追い込めばもっと高レベルのと
ころを狙えると思うけど、今の家の状態じゃがんばればが
んばるだけストレスになっちゃう」

「ね? そういうこと」



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