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三年生編 第87話(5) [小説]

「おー、いっき。呼び出しだったん?」

ヤスと差し向かいでお弁当を食べる。
午前中はなんとか堪えてたしゃらだけど、やっぱり体調不良
で早退した。これからは、体調の維持も大事な課題の一つだ
よなあ。

「進路のことでね。えびちゃんじゃなくて、瞬ちゃんの呼び
出しだったわ」

「おわ!」

「まあ、確定したから、それでいい」

「って、まだ決めてなかったんか」

「仮置きだったからね。夏休みの間に仮を取った」

「そっかあ」

「ヤスは?」

「だいぶ絞ったけどな。家から通えるとこにするか、上京す
るかで変わるからなあ」

「なるほどー」

「いっきはどうするん? 宅通?」

「家、出るよ。一人暮らししたい」

「……。親と何かあるとか?」

「いや、家から通うとダレそうでさ」

「ううー、しっかりしてんなあ」

「いやあ、まだ一人暮らししてる自分の姿が想像出来ないか
ら、なんとも」

「そっか……」

瞬ちゃんには言わなかったけど。
背伸びしないで済む大学にしたところで、結局いろんな制約
があるし、これまでとは違うプレッシャーがかかる。

生活スタイルはがらっと変わるし。
学費や生活費をどうするか。しゃらとの関係をどうするか。
実生との距離をどう調整するか。
そうなってみないと分かんないことが、山ほどあるからね。

それを、出来る限り自分だけの力で解決していきたいんだ。
親や先生、親族や友達。たくさんの人の力で支えられてた自
分のあり方を、一度原点に戻したい。

そうしないと、差し出されるものを受け取ることにためらい
がなくなっちゃう。ものすごーく鈍感になる。

しゃらとのことが、一番そのリスクが高いんだ。
隣にしゃらがいて、それが当たり前だった日常を一度強制的
にリセットしてやらないと。
僕は無意識のうちにしゃらにひどくよっかかったり、支配し
ようとするかもしれないから。


           −=*=−


放課後。
しゃらんちに寄って行くからすぐに帰るつもりだったんだけ
ど、教室の入り口で北尾さんにつかまった。

「お? 北尾さん。おひさ」

「おひさですー。あの……」

人のいないところで話をしたいっていう感じ。

「中庭行くか」

「そうですね」

閉鎖空間だと、変に勘ぐられるかもしれない。
中庭なら、同じ部員だし立ち話してても大丈夫だろう。

生徒玄関でさくっと靴を履き替え、中庭に直行。
さすがに、休み明けすぐには誰もいない。

ベンチに腰を下ろして、北尾さんが何か切り出すのを待っ
た。

「沖田くん」

「あっちゃあ……」

それで全部分かっちゃった。

「やっぱ、休学かあ」

「はい。斎藤先生から、今朝正式アナウンスが」

「ふう……」

思わず、朱の混じった太陽を見上げた。

「二年。なんとか堪えて来て、ここで戦線離脱はしんどいだ
ろうなあ」

「はい……」

「でも、ピンチをチャンスにするしかない。ここのペースが
合わないなら、自分を無理やりここに合わせるんじゃなく、
合うところを探す。そういうやり方が、現実的なのかもね」

北尾さんは、すんと俯いてしまった。
寝太郎とは逆のプロセスを踏んで見事に自分を立て直した北
尾さんにとっては、寝太郎の離脱はいたたまれないだろうな。



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