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三年生編 第86話(7) [小説]

「ねえ、いっちゃん」

「なに?」

「あんたなら、どういうチョイスにするの?」

「僕はさゆりちゃんとは状況が違うから、答えられないよ」

「いいから!」

ちぇ。母さんも酷なこと言わせるよなー。しゃあない。

「あくまでも僕なら……ね。実生やしゃらなら、別の選択肢
を選ぶかもしれない。あくまでも僕ならってことで」

「ああ」

「怪我でまともに動けなかったから、学校やめて働くのは無
理。いじめの当事者や傍観者がぞろぞろいるところには、絶
対に戻りたくなかった。これまで不幸をちゃんと自力で乗り
越えてきた親が、僕の引きこもりを許すはずないでしょ」

母さんが、苦笑いする。

「そうしたら、転校かフリースクールみたいなとこしか選択
肢がない。で、僕は受験を選んで転校したってこと」

「そうか。もし高校に入ったあとでも、いつきならそうし
たってことだな」

「そう。誰も僕を知らないところでゼロからスタート出来れ
ば、僕は気持ち的にすっごい楽。たぶん実生もそうでしょ」

「ああ」

「ねえ、いっちゃん。フリースクールみたいなところを選ば
ないっていう理由は?」

ほ? 母さんから突っ込みが入った。
なんだかなあ。

「スタート地点を後ろに下げちゃうと、人より遅れる。僕は
それが嫌だった。ううん、違うね。怖かったんだ」

「どういうこと?」

健ちゃんがぐんと身を乗り出す。

「一度自分を甘やかすとね。自力で泥沼から這い上がろうと
する気力がなくなるんだ。それがどうしようもなく怖かった
の」

「怖い、か」

健ちゃんにはわからないよ。
たぶん、永遠にね。でも、それでいい。
自分を無理やりさゆりちゃんのところまで下げて、揃える必
要はない。てか、そんなことは絶対にできない。

「僕は弱くないよ。他の子と何も変わらない。それなのに、
僕を特別扱いするの? 弱い、守られないとダメな子だって
扱っちゃうの? そんなのは絶対にごめんだっ!」

僕が大声を出したことで、さゆりちゃんが縮み上がった。

「ねえ、健ちゃん」

「うん?」

「今みたいな話をさ。僕も実生も、お盆の時に一回もしな
かったでしょ?」

「……ああ、そうだったな」

「当たり前だよ。僕らが何もかも忘れて楽しく過ごせる時間
は、そこしかなかったんだ。そこに僕らのどろどろを絶対に
持ち込みたくなかった。親からは僕らの事情が漏れてたかも
しれないけどさ」

「……」

「さっき言ったのと同じ。僕らは誰からも特別扱いして欲し
くなかったんだよ」

「そうか……」

「だからね、健ちゃんもさゆりちゃんも、その逆を考えて欲
しい。みんな、なんかかんか抱えてるよ。でも、それは見せ
たくないんだ。見せたって、誰の何の役にも立たないもん」

「ああ」

「自分だけ特別にしんどい。そう考えると、足が出なくなる
よ。今の健ちゃんちの状況はまさにそう」

ふう……。

「僕らは、健ちゃんとこですっごい癒してもらった。でも、
それ以上のことはこれまでなかったんだ。お金のこととか、
誰かが来て手伝ってくれるとか、そういうのはね。そうで
しょ? 母さん」

「そうね。それぞれの家庭で事情が違うから。いくら親戚で
も、必要以上に頼ったり手伝ったりは出来ないわ」

「もし、助言以上の手助けが欲しいっていうなら、それはそ
れで考えられるけどさ。きっと信高おじちゃんは、僕らの
ちょっかいを拒否すると思うよ」

「あはは!」

母さんがからっと笑った。

「そりゃそうよ。大人がへたったら、一家全滅だから」



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