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三年生編 第86話(6) [小説]

「そういう前提で、さゆりちゃんが取りうる選択肢を機械的
に並べるから。さゆりちゃん。よく聞いててね」

反応なし。

「プラン1。そのまま復学する」

「プラン2。他の高校に転校する」

「プラン3。通信制、フリースクールみたいな、通学負担の
少ない方法に切り替える」

「プラン4。高校を中退して、働きに出る」

「プラン5。高校を中退して、家に引きこもる」

僕の言ったのがすごく冷たく感じたんだろう。
健ちゃんが顔をしかめた。

「ねえ、健ちゃん」

「なんだ?」

「今僕の言ったのは、僕が選ばないとならないプランだった
んだよ。ひとごとじゃないんだ」

「あ……」

「父さんの転職とここへの引っ越しが決まっていたから、僕
にも実生にもプラン1は最初からなかった。でも、残りは全
部現実だったんだ。そういうことを、まずしっかり分かって
欲しいな」

「ああ」

ふうっ。

「もっと時間があれば。その間に心の中を整理して、どうし
ようかってゆっくり考えられるんだろうけどさ」

「そうなんだよ」

健ちゃんが、忌々しげに吐き捨てた。

「ちっきしょう!」

それは、何も出来ない健ちゃん自身へのどやし。
さゆりちゃんに向けての言葉じゃない。
でも、さゆりちゃんは完全に萎縮していた。

兄貴にまで見放されちゃう。どうしよう……。
そういう怯えが丸見えだった。

僕は、あえて笑った。

「はははっ! でもね、健ちゃん。それは良し悪しなんだ」

「どういう意味?」

「考える時間が長いと、どんどんどつぼに落ちることもある
の」

「そうなん?」

「そ。僕がそうだったんだよ。一年以上どうにもならないこ
とを考え続けて。気が狂いそうだった」

「なるほど……な」

「それよか、外から来る区切りを利用しちゃう方が楽さ。そ
れは、自分じゃどうしようもないんだから」

「なんか、いつきの方がタフだな」

「そりゃそうだよ。さっき言ったじゃん。親すら何も出来な
い。そしたら、自分からリセットするしかないんだもん」

「……。みおっぺも?」

「そうだよ。あいつも僕と同じさ。ここへの引っ越しで全部
空っぽにして、引きずらなかった。いや……引きずれなかっ
たんだよ。山形時代のことを引きずったら壊れるのは、僕よ
りあいつの方だったからね」

「どして?」

「あいつには、誰も味方がいなかったからだよ。あいつをか
ばう立場の僕や親が、僕の大怪我のことでいっぱいいっぱい
になってた。誰もあいつを見てやれなかったんだ」

ふうううっ!
全身で大きな深呼吸をして、自分の中の空気を入れ替える。

「今度こそ楽しく過ごしたい。二度と地獄の苦しみを味わい
たくない。僕以上に、実生は変化を望んだんだ」

とん。
拳で一つ床を叩いて、話を元に戻す。

「さっき僕が言った五つの選択肢。それ以外にないってこと
じゃないよ。あれは僕が思いつくまま並べただけ。他にもっ
といいプランがあれば、それをチョイスすればいい。それ
と、さっきのプランにはどうやっての部分がないの。そこ
は、みんなで知恵を出し合えばいいかなって思う」

それでも。
健ちゃんにもさゆりちゃんにも、僕の突き放した態度は予想
外だったんだろう。
二人揃ってむっつり黙り込んじゃった。

まあ……しょうがないよ。
二人とも、今までがものっそ順調だったんだもん。

僕や実生がこれまでどんなにしんどい思いをしたのかは、い
じめられた経験のない健ちゃんたちには想像出来ない。分か
らない。
会長が僕やしゃらに言ったみたいに、『していない経験は共
有出来ない』だ。

僕は……それでいいと思う。
僕らがどんなにしんどかったかをいくら説明しても、さゆり
ちゃんのこれからには何の足しにもなんないもん。


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