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三年生編 第86話(5) [小説]

電話から三十分もしないうちに呼び鈴が鳴った。

「お、来たな。ほーい!」

去年のゴールデンウイークには、兄妹してちゃりで遊びに来
るっていう荒技をぶちかましたんだよね。
そういう底なしのエネルギーが、健ちゃんとさゆりちゃんの
持ち味だと思ってた。

でも……。

玄関ドアを開けた時には、さゆりちゃんだけでなく、健ちゃ
んからもエネルギーが消え失せていた。
僕には、それがものすごく寂しかったんだ。

「お疲れさん。まあ、入って」

「ああ」

「さゆりちゃんも」

げー。二人とも、どこに手足があるかわからないくらいの超
ひっそりだ。大丈夫かあ?

ソファーに二人並んで座ってもらう。
僕は床にべた座り。
母さんはお茶の準備をしてから、リビングに来るらしい。

健ちゃんはまだしも。
さゆりちゃんにはほとんど生気がない。まるで幽霊だ。
去年のあの弾け方を見ているだけに、どうにもいたたまれな
い。

勘助おじさんが亡くなった時は錯乱状態だったって言ってた
から、その時よりは少し落ち着いたんだろう。
でも、まだ錯乱出来るエネルギーがあった方がマシってくら
いに、まるっきり生気が……ない。

「ふう」

「済まんなー、いつき。こんなぎりぎりのタイミングで」

「いや、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

「まあな……」

「正直なとこ」

「うん?」

「ここに越して来るまでは、うちも同じような感じだったか
らね。母さんはよく知ってると思うけど」

「そうね」

ぽんと答えた母さんが、ダイニングの椅子に腰を下ろした。

「ねえ、健ちゃん。僕らのとこに来たってことは、さゆり
ちゃんのこれからをどうするか、家族の間で意見が割れて
るってことなんでしょ?」

時間がないから、僕はいきなりど真ん中に突っ込んだ。
しばらく黙っていた健ちゃんは、思いがけない返事をよこし
た。

「違う」

「え?」

「俺も親父もお袋も。もちろん、さゆーも。どうすりゃあい
いか分かんない。分かんないんだ」

あっちゃあ……。
僕も母さんも頭を抱えてしまった。
そっか。全員揃ってどつぼっちゃったのか。

うちと違って、勘助おじさんが総帥として君臨してた健ちゃ
んとこは、でこぼこがそこで調整されていたんだろう。
でも要の勘助おじさんが突然欠けたことで、みんなしてパニ
クっちゃったんだろな。

進路のことで信高おじちゃんとさゆりちゃんが直接激突して
た時は、まだどっちにもエネルギーがあったから落とし所を
探れたと思う。
だけど、全員傷を負ってる今は、きちんと話し合いをしてさ
ゆりちゃんのこれからを考える余裕が誰にもない。

さゆりちゃんだけでなく、誰にも。
だって、誰かがこうしろって言ったことでさゆりちゃんが潰
れたら、言った人の責任になっちゃうんだもの。
みんな、腰が引けちゃったんだろうな。

家族にすら言えないことは、僕らはもっと言えないよ。
でも、それはさゆりちゃんへの『指示』ならば、だ。

そうじゃない。
僕らは『選択肢』を提供すればいい。
こういう方法があるよってね。

それを持って帰ってもらって、もう一度みんなで話し合って
もらえばいい。

「母さん、先に何かコメントある?」

「いや、いっちゃんからプリーズ」

ちぇ。母さんも腰が引けたな。
きっと、おじさんおばさんの代わりに親っぽい説教しちゃう
のが怖かったんだろう。まあ、いいや。

「僕は、指図なんか出来ないよ。あくまでも、こんなやり方
があるよっていうプランを並べるだけ」

「ああ」

はあ……。

「僕や実生がしんどかった時に。父さん母さんですら、こう
しろああしろは言えなかった。ねえ、そうでしょ? 母さん」

「言えないわ。わたしがいっちゃんや実生の代わりに学校に
行くことは出来ないから」

おけー。
健ちゃんも、母さんの言葉にうなずいた。



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