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三年生編 第85話(5) [小説]

「工藤さんと彼女さんは、時の試練をこれまで越えて来た。
好きの次を考える。学生のうちからそう出来るカップルは、
本当に少ないんですよ。ですから、珍しいなあと」

僕は……意外だった。
学内のトラブル処理を担っている奥村さんは、学校が学生に
どう対処しているかを感情を入れずに説明してくれた。
腰は低いけど、ドライな人っていう印象だったんだ。

でも、今の突っ込みはナマだった。どうして?

僕が警戒した空気を察知したんだろう。
奥村さんが、さっと手の内を明かした。

「私どもは、学生さんのお付き合いには一々口出ししません
よ。大学生にもなって、外野から付き合いのことをあれこれ
言われるのは嫌でしょう?」

「あはは、そうですね」

「彼女さんは、どうですか?」

「わたしも、それはちょっと……。でも女子短大や女子大だ
と、事情が違うのかなあ」

アガチス短大が志望先のしゃらは、少し不安顔だ。

「いや大学から先は、そこがどこでも口出しは無理ですよ。
成人してからも外野が行動制限する必要があるような人は、
大学に来てくれない方がいい」

そ、そこまで言う?
でも、それで奥村さんの言いたいことが分かった。

「そうか。付き合いの中身と行き先を制御出来なくて、仲が
壊れちゃう学生さんがいるって……そういうことですね?」

「仲が壊れるかどうかは、私たちの関心外です」

奥村さんは、すぱっと切って捨てた。

「そうじゃない。恋愛に酔ってるだけの男女は、必ずろくで
もない副産物を抱えてしまう。そっちが厄介なんですよ」

「あっ」

あとは、奥村さんが言わなくてもなんとなく分かった。

「出来ちゃったや、失恋引きこもりかあ」

「ははは。さすが工藤さん。ぴったりです。そういうものま
で私どもに持ち込まれるのは、本当に勘弁して欲しいんです
けどね」

うん。そうだろうな。
学生がフォルサで起こしたトラブル。あれは、奥村さんに
とってはまだ想定の範囲内なんだろう。
被害と加害の関係がはっきりしてるから。

でも、恋愛トラブルはデリケートだ。
微妙な事情は当事者同士にしか分からないし、その時の感情
で言うことや行動が大きく変わっちゃう。
大変だろうなあ。

「社会人になったら、全ての言動、行動は自己責任ですよ。
それが恋愛であってもね。でも、学生のうちは猶予がある。
その練習期間をどう活かすか。私どもは、いいレッスンにし
て欲しいんですけどね」

僕もしゃらも、言葉が出なくなってしまった。
僕かしゃらのどっちかがものすごーく積極的ってことなら、
大丈夫ですよって言えたかもしれない。

でも、僕もしゃらも肝心な時に腰が引けちゃうタイプなんだ
よな。
自己責任で全部やれって言われた時に、大波を越えていける
んだろうか。

「あなたたちは、これまで揉めたことはないんですか?」

奥村さんのえげつない突っ込み。あはは。

「ありましたよー。去年の夏休みは最悪でした」

「うん……」

「ほう」

「でも、時間をかけてクリアしました」

「うーん、大学生より大人ですね」

ちっとも、ほめられてる気がしないっす。ううう。
しゃらは、僕とは逆にすっごい嬉しそうな表情になった。

「わたしは、あの時のごたごたがあったから成長出来たかな
あと思ってます」

「いいですね」

奥村さんが、目を細めた。

「恋愛は、いいことばかりじゃない。嫉妬、不安、不満、疑
心暗鬼。人間の感情の一番汚い部分が出て来やすい。でもそ
の試練を越えた恋愛は、実っても実らなくても一生の財産に
なる。私は、学生たちにそう言うことにしてます」

「あの……」

しゃらが、奥村さんに突っ込み返した。

「奥村さんは、結婚されてるんですか?」

「していますよ。家内とは、私が学生の時からの付き合いで
す。今はそういうパターンは天然記念物かもしれませんが、
おかげさまでこれまでずっと仲良く過ごしてます」

「そっかあ」

「でもね、理想とする形は人それぞれです。私の理想や価値
観を誰にでもあてはめるつもりはありません」

すいっと腕時計を確認した奥村さんが、僕としゃらに向かっ
てすっとお辞儀した。

「どうぞ、本学をよくご覧になっていってください」



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