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三年生編 第85話(3) [小説]

「どうせ、親や先生がお膳立てしてくれる期間なんか少しし
かないんだ。自分に言い訳して、何も出来ないってぶつくさ
文句言ってたら、その先きっと何も出来ないよ。そんなの、
僕はやだな」

「うん。わたしもやだ」

窓の外に目を向けたしゃらが、突然おとついのことを口に出
した。

「伯母さまの前で口にしたこと」

「うん?」

「気持ちを切り替えたいって」

「ああ、この前の」

「そう。あれね、本当にそう思うんだ」

「うん」

「高校に入ってからのわたしには、いいことしかなかった。
だから、もう後ろは見たくない」

「だよな」

「でもね、嫌なことばっかだったから今前を見てるって言い
方もしたくないんだよね。それって、お兄ちゃんの言い訳と
同じだもん」

「そうか……」

「だから、どっかですぱっと切り替えたい。家とお店が新し
くなるのは、本当にいいきっかけかもしれない」

「うん。しゃらにとってだけでなく、ご両親やかんちゃんに
とってもそうだろなー」

「うん!」

僕だけじゃなくて、しゃらも同じように考えてたってことか。

中学までのいじめのこと。
僕やしゃらについた心の傷は……たぶんこれからもどこかに
残り続けると思う。
上にかさぶたが乗っかってるから、人からだけじゃなく、自
分でも傷が見えなくなるだろうけど。

でも、傷がなくなったわけじゃない。

田中さんと話をした時にも。
僕やしゃらが受けたいじめの話は、なんの抵抗もなくさらっ
と口から出てきてしまう。

僕の中の、そしてしゃらの中の傷は、今でもくっきりと残っ
ている。
身体と心が丈夫になって、傷の痛みに慣れただけなんだ。

「……」

でも。傷を負っているのは、僕やしゃらだけじゃない。
誰もが心に傷を負っている。例外なく、誰もが。

それなら、自分の傷をみんなに見せて、だから配慮してくだ
さいっていうやり方はほとんど意味がない。
だって、立場はみんな同じなんだから。

傷が古くなればなるほど、傷をアピールすることが自分の情
けなさや覇気のなさだけをあぶり出すようになる。
それが……まさに今のしゃらのお兄さんの姿だ。

情けないってだけじゃない。
自分の傷ばっか見ていると、人の傷に気付かなくなるんだ。
ぱっくり裂けた傷口からだらだら生血を流している人が目の
前にいるのに、もうほとんど塞がって見えなくなった自分の
古傷をなでていたら。

……もう、僕らは被害者じゃない。
加害者になってしまうんだよね。

昔の暗黒時代を忘れることはない。
いや、忘れることは出来ない。
でも、そこに自分を縛り付ける生き方は……もうしたくない。

僕もしゃらも、まず、今を。それから、少し先の未来を。
しっかりとこなしていかないとならない。

後ろから追っかけて来るものは、もうない。
本当の困難は、これから。前から、未来から来るんだ。
だって、高校という防波堤はあと少しでなくなってしまうか
ら。



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