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三年生編 第78話(9) [小説]

「荒れたの?」

「うん。親と……おじさんとぶつかったんだ」

「げげっ」

「さゆりんは、ブラコンなんだよ」

「え? ……ってことは」

「そう、健ちゃんを崇拝してた。さゆりんは、健ちゃんの金
魚のうんちだったんだ」

「うわ、そっちかあ」

「僕と実生にも似た様な時期があったけど、それぞれの自衛
でいっぱいいっぱい。相互依存てとこまではいかなかったん
だ」

「うん」

「でも、健ちゃんとさゆりんは兄妹仲が良すぎたんだよ。
べったり。それも、さゆりんの方が強い兄貴依存で、からっ
と醒めてる健ちゃんとのバランスが、ものすごーく悪かった
んだ」

「ブラコン、かあ」

「うん。そういうのが、高校受験のごたごたと合わさって」

「ぼかあんと行っちゃったんだ」

「だと思う。さゆりんも、さっきの悪魔と同じでまだ中身が
ない。これから……大変だあ」

「あの。さゆりちゃん、家に戻ったの?」

「戻した。さゆりんは、ヤンキーの集団に飲み込まれてたん
だ。たまたま立水に絡もうとしたヤンキーを、出くわした矢
野さんが叩きのめしたんだよね」

「ひええっ」

しゃらがのけぞった。
試合を真ん前で見てるから、しゃらには矢野さんのすさまじ
さががっつり刻み込まれてる。
冷や汗かいてるよ。うくく。

「鮮やかだったよ。殴り合いにすらならない。ごっつい野郎
二人を、それぞれワンショットで仕留めた」

しゃらが、口をあんぐり。

「矢野さん、現役引退したって言っても体も心も間違いなく
まだプロだわ。あの立水が、そんけーの眼差しで見てたから
なー」

「すごいなー」

「その後、おじさんと健ちゃんを交番に呼んで、さゆりんを
引き渡して」

「大丈夫……なの?」

「今おじさんの家は、さゆりんのことをかまってられないん
だ」

「え?」

「健ちゃんのじいちゃん。僕の大叔父。勘助おじさんが、脳
梗塞で倒れて、まだ死線をさまよってる。それを健ちゃんに
聞かされてさ」

「そ……んな」

おばあちゃんを病気で亡くしたしゃらにとって、それは他人
事じゃないんだろう。ひっそりと俯いた。

「僕の親父にとっても、勘助おじさんは父代わりの大恩人な
んだ。今年はお盆どころじゃないかもしれない」

「うん……面会は?」

「まだ出来ない。危険な状態がまだ続いてるんだって」

「……」

「ここまでで、もうお腹いっぱいだったんだけどさ」

「まだあんの?」

「まあね。昨日模試が終わった直後に、知らん女の子に
とっ捕まって」

「いっぎいいいっ!!」

しゃらが、ぽんぽんにむくれる。

「わはは。彼女の興味の対象は僕じゃないよ。合宿所の方
さ」

「へ?」

「僕が向こうでお世話になった講師の先生と立ち話してた時
に、お寺のことを聞きつけたみたいで。そこはこれからでも
申し込めるのかって」

「あ、そういうことかー」

「僕は何もしてないよ。住職さんとの面通しの段取りして、
僕が出た後の部屋にそのまま彼女が入った。そんだけ」

「でも、よくそんなすごいとこに泊まる気になるなあ。立水
くんだっているんでしょ?」

「いかにもな体育会系だもん」

「へえー」

「水泳部だって言ってた。逆三角形のマッチョだったよ」

しゃらが、苦笑する。

ふうっ。一息ついて、椅子の背もたれに体を預けた。

「これまであったみたいに、出会いが全然なさそうな合宿所
暮らしでも、コンタクトはあった」

「うん」

「でも、それは僕には何も関わらない。どれも、ね」

「……」

「僕がお寂しフェロモンをばらまかない限りは、それで済むっ
てことだと思う」

「お寂しフェロモンかあ」

「今は、自分の将来のことで頭がいっぱい。寂しがってる暇
なんかないんだ」

「……うん」

しゃら的には、合宿中の僕の様子が分かってほっと出来たん
だろう。顔の緊張が緩んだ。



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