SSブログ

三年生編 第78話(8) [小説]

しゃらがのけぞって驚いた。

「えええーっ!?」

「そうしないと、僕はバランスが取れない」

「バランス?」

「そう。家族のこと。しゃらのこと。僕が今大事にしたいと
思っていることを、仕事とか自分の生きがいと二択にしたく
ないんだ」

「そこまで……考えたのかー」

「合宿の間、びっしり勉強したよ。でも、英語とか数学の勉
強だけじゃ、全部の時間を使い切れないんだ。どんなに集中
してもね」

「うん」

「その合間。誰も自分の周りにいなくて、僕だけぽつんとい
る時間。そこで……これまでとこれからを考えてたの。それ
がすごい財産になったと思う」

「住職さんが、何かアドバイスしてくれたの?」

「いいやー。どやすだけ。あとは自分で考えろ、さ」

「げー」

しばらく僕の顔をじっと見つめていたしゃらが、ふっと質問
する。

「ねえ、いっき」

「うん?」

「向こうで……何かアクシデントがあったの?」

女の子の勘ていうのは、本当にすごいね。
思わず苦笑い。

「予備校と合宿所の間の往復だけだから、何もないかなあと
思ったんだけどさ」

「やっぱりぃ!」

きいん!
しゃらの目が速攻で三角になった。とほほ。

「でも今回のは、どれも僕には関わらないのばっかさ」

「ほんと?」

「まあね。予備校から夜遅くに戻る途中で、中坊の家出少女
に後付けられたのが一件」

どた。しゃらがひっくり返る。

「ひええ」

「それは、住職さんに引き渡して終わりだよ」

「そっかー。どうなったの?」

「親が迎えに来たよ」

しゃらが、ほっとした顔を見せた。

「日曜に、立水の買い物に付き合って新宿に出たんだけどさ」

「うん」

「そこで、悪魔にばったり」

「うっそおおおおっ!?」

「びっくりしたわ。もちろん矢野さん付きね」

「なんでまた」

「東京でスパーリングなんだって。今度C級ライセンス取ら
せるって言ってたから、トレーニングの一環なんだろね」

「へえー」

「別人になってたよ」

「あの、しょうもない人が?」

「そう。ただ……」

「うん」

「まだ自分に自信がない。人に本気ぶつけることを怖がる。
そこが変わってないみたい」

「ええー? そっかなあ。ものすごくとんがって、噛み付い
てたじゃない」

「弱い犬が吠えるのと同じさ。そうやって距離を確保してた
んでしょ。人に踏み込む勇気がないんじゃない。誰にも踏み
込まれたくないっていうへたれ。でも、きゃんきゃん吠えな
くなった」

「ふうん」

「合宿中の僕と同じで、自分を見るしかなくなったら吠え
たってしょうがないんだよね」

「あ、そういうことかあ」

「うん。矢野さんが、そこらへんを上手に調整してると思
う」

「なるほどー」

「同じ場所で、またいとこのさゆりちゃんとも再会」

「あ、さゆりちゃんて、みおちゃんとおない年の」

「そう。前に、一緒にバスケやったろ?」

「うん、よく覚えてる。元気のいい子だよね」

「今年高校に入ってから、家を飛び出してたんだよ」

ざあっ。
しゃらの顔から血の気が引いた。


nice!(72)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 72

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。