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三年生編 第78話(5) [小説]

合宿の間ずっと机に向かってて、ほとんど体を動かす機会が
なかった。
全身が、ものすごーくなまっちゃったような気がする。

これからも勉強ばっかになるから、どこかで体を動かす時間
を確保しとおかないとなー。
せっかく早起きしたから、モヒカン山のてっぺんまで軽く
ジョグしてくることにした。

部屋でジャージに着替えて、タオルを首にかけて家を出る。
途端に、押し潰すような真夏の日差しが降ってきた。

「ふう……あづいー」

朝からこの気温なら、日中は猛暑になりそう。
それでも、暦の上ではもう残りの夏。夏真っ盛りじゃないん
だよね。そういうズレ。

そして僕も、自分の中にズレを感じてる。

僕が立てた目標は、誰かにそうしろって言われたことじゃな
い、自分でいろいろ考えて、悩んで、よしそうしようって決
めたことなんだ。
でも、どこかにそれに納得していない僕がいる。
そのズレはどこから? どうして納得出来てない?

どうしてか……なんとなく分かる。
それは素直な僕、無邪気な僕、子供の僕がものっそ反発して
るからだ。

しきねが、何もかもぶん投げてパラグライダーに突っ込んで
行ってしまった時、僕は猛烈に腹が立った。
あの時は感情がぐちゃぐちゃになってて、自分の怒りの中身
がよく分からなかったんだ。

でも。今その時のことを振り返ると、どうして腹が立ったの
か分かる。
怒りは、自分勝手なしきねに対してじゃない。
本当は自分の思うように振る舞いたいのに、そう出来ない自
分自身に対する怒り……だったんだ。

だけどさ。
全ての束縛を外して好きなようにしろって言われても、まだ
中身が空白だらけの僕は何をどうしたいのかが自分でも分か
らない。

転校先に馴染もうとするあまり、好きなことに我を忘れて熱
中するってことがうまく出来なかった僕。
きっと、好きなようにやりたいっていう欲求だけが、ぽつん
と僕の中に取り残されてしまってるんだろう。
もう子供のままではいられない今になって、小さな子供の無
邪気な欲求が暴れてる。どこかで僕の足を引っ張ってる。

その欲求には形も色も何もない。
でも、いつまでも僕にもやもやとまとわりついていて……
すっきりしない。
リアルな暑さと自分の中のもやもやした感じが絡まり合って、
僕はものすごく不愉快に感じてしまう。

「むー……」

いかんいかん。
せっかく修行してきたのに、これじゃ元の木阿弥だ。
気持ちを切り替えよう。

ぶるぶるっと首を振り、顔を上げて夏景色を見回した。
あちこちの家の庭で、サルスベリが満開になっているのが見
える。

「どうもすっきりしないよなあ……」

ふわっと優しく咲くっていうより、固まり損ねてもやもやし
てるように見えるサルスベリの花。
まるで、今の自分の宙ぶらりんの状態を象徴しているように
見える。

だけど。
いつまでも咲いてるように見えるサルスベリも、花が終わっ
て実が生る時期が来る。
そして、僕もきっとそうなるんだろう。

「ふうっ!」

まばゆい夏空をもう一度見上げて。
僕は、ゆっくりと足を送り始めた。


           −=*=−


「ぶふう!」

モヒカン山のてっぺんでちょこっとストレッチしただけで、
全身汗まみれのぐっしょぐしょ。
もうちょっと気温と湿度が低かったら設楽寺まで足を伸ばそ
うと思ってたんだけど、あまりの蒸し暑さで根性が尽きた。

家に戻ってシャワーを浴びて、態勢を立て直そう。

絞れるくらいに汗を含んで重くなったタオル。
そいつをだらりと首から垂らして、僕はへとへとになって家
に戻った。

「お?」

蛇腹ゲートのところに、うろうろしてる人影がちらり。

「しゃらかな? うーい!」

ぱっと振り返ったのは、やっぱりしゃらだった。

「よう。おひさー」

「じゃないわよう! なに、昨日のあれ!」

ぶうっ!
むくれるむくれる。

「しゃあないやん。帰ってきたのはもう夜の九時過ぎだった
し、模試のあとでくったくた」

「あ……そっかあ」

「中入ろうぜ。汗でどろどろ」

「ジョグしてきたの?」

「ずーっと机に向かってばっかで、体がなまりまくってたか
らさー」

「そっか……」

「でも、今日はまずかったなー。この暑さじゃ、鍛え直す前
にもっとへたるー」

「だよねえ」

「中入って僕の部屋で待ってて。シャワーで汗流してから行
く」

「うん! 今日は誰もいないの?」

「いない。親父は仕事、母さんはトレマのパート。実生は中
庭の水まきの後、真っ直ぐリドルのバイトに行くって」

「あ、そうか。みおちゃん、夏休み中はフルのシフトに入っ
てるんだね」

「そう。実生に聞いたんだけど、曽田さん辞めたんだって。
マスターが必死に後釜探してるわ」

「そっか、辞めちゃったんかー。感じいい人だったけどなあ」

「もともと次の仕事見つかるまでの繋ぎだったみたい。踏ん
切りついたんちゃう?」

「うん」

とか話しながら二人で家に入って、僕の部屋のエアコンを点
ける。

「ふひー、ごくらくー」

しゃらが両手を頭上に伸ばして、そのまま僕のベッドの上に
背中からばたっと倒れ込んだ。

「今の仮住まいんとこは空調ないの?」

「あるけど、リビングに一台だけだもん」

「げえー、それは修行だー」

「しゃあないね。もうちょっとの辛抱だしー」

「だな。あ、シャワー使ってくる。待ってて」

「うん!」




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