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三年生編 第72話(3) [小説]

のたのたと自分の部屋を出て、厨房の冷蔵庫に入れてあった
お弁当を取りに行ったら。

ばったりと立水に出くわした。
撤退したんじゃなかったのか?

「おわっ!?」

「ああ、済まん。ちょい作戦変更でな」

「さ、作戦変更?」

「そうだ。やっぱり俺には物理は合わん!」

立水が、額に青筋を立ててそう怒鳴った。
まあ……あの要領の悪さじゃなあ。

「とんぺい撤退?」

恐る恐る聞いてみた。即答が返ってきた。

「やめる」

そうか……。

「夏期講習はどうすんの?」

「俺のどたまじゃ、とんぺい単独コースはどだい無理だ。最
初からそういう風にはしてねえ」

「あ、そうだったんだ」

「センター試験の足切りをクリア出来ねえと、最初から話に
なんねえんだよ」

「だよなあ……」

「二次対策の物理履修は放棄」

「全放棄じゃなく?」

「数学もやりたくねえ。でも全部放り出すのは、俺の負けだ」

ぐ……わあ。

「俺は、全敗にはしたくねえんだ。まだ数学の方が分がある」

「なるほどな」

「英語と数学はそのまま履修。センター試験対策を強化して、
志望校は練り直す」

「えびちゃんや瞬ちゃんには?」

「昨日報告した」

「そうか……」

「おまえは?」

ふう……。
さっさと立て直した立水の決断力、行動力の凄まじさにめげ
る。

でも、重光さんがどやすのはもっともだ。
僕と立水のやり方を比べてどうこうじゃないんだ。
僕の生き方は自分を軸にして考えないと、ここにいる意味が
ない。

「迷ってるよ。どうにも気合いが入らん」

「進路か?」

「いや……ここにいること含めて、全部、さ」

立水の顔が険しくなった。
この根性なしが! そう思ってるんだろうな。
否定はしないよ。

「でもな」

「ああ」

「ぐだぐだ迷っていることに飽きた。何かしてないと時間が
もったいない」

「ふん。相変わらず変なやつだな」

「余計なお世話だ」

冷蔵庫を開け、弁当を出してそのまま部屋に戻ることにする。

「温めねえのか?」

「暑くてさ。冷たい方がまだ喉を通る」

「それもそうか」

「じゃな」

「おう」


           −=*=−


鮮やかに自分を切り替えていく。
自分を絶対に曲げないと豪語していたはずの立水が、重大な
転換点では僕より鮮やかに身を翻している。
それが変節に見えないのは、覚悟ゆえの転換だっていうのが
誰からもはっきり分かるからだ。

僕だって、今までずっと周りに振り回されてふらふらしてた
わけじゃない。
大事な転換点では、必ず自分でどうするかを決めてきた。
少なくとも、自分ではそうしてきたと思ってる。

それなのに、重光さんになんであんなに激しくどやされたか?

変化していくこと。変化の先。
自分の未来に積極的に挑もうとしないで、変化した結果ばか
りを見ていたからだ。

『あの頃の自分には絶対に戻りたくない。そのために自分を
もっと変えなければ』

うん。それはいいんだ。
問題は、なりたくない自分から本当に遠ざかったかどうか
を、後ろ向きのまま確認しようとしたこと。
それじゃあ、いつまでたっても未来のビジョンなんか見えて
こない。
見えてくるはずが……ないんだ。

『なりたくない、そこに戻りたくない自分』を今さら見たっ
てしょうがないじゃん。
そうじゃなくて、なりたい自分、理想の自分をイメージしな
いとだめだったんだ。
そして僕には、未来を想像する力が決定的に足りない。

ただこなすんじゃなく、やり遂げる。
自分をしっかりゼロから創り上げる。
そのためには……高橋先生が言ってたみたいに、自分を一回
きっちり下に落とさないとだめ。
ばらばらの部品にまで戻さないとだめ。

かさっ。
字で埋まったノートを一枚めくって、白紙を出す。

これまで。
僕は節目節目で、白紙を意識していた。
中学までの自分を新(さら)にして、これからがんがん新し
い自分を作るんだと。そう意識していた。

でも。
それが見事に掛け声倒れになってる。



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