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三年生編 第70話(8) [小説]

「長期目標を置いちゃいけないとは言わないけど、それと受
験とは切り離した方がいいかな」

「じゃあ、どの大学にするかっていうのは?」

「どうしてもそこでなければ出来ないことがあれば、そこを
目指すしかないけどさ。たとえば医者になりたいなら医大っ
ていう風に」

「はい」

「でも、まだ目標がないってことは、そこにかちっとしたイ
メージがないんでしょ?」

「……そうです」

「じゃあ、自分に合ったところを選べばいいと思う。学力レ
ベル、校風、カリキュラム、自宅からのアクセス、金銭的な
条件、いろんなプラマイを足し合わせて、ここらへんかなー
みたいな、ね」

「それでいいんですか?」

「精神論や根性論振り回してもしょうがないよ。楽して合格
は出来ないって言っても、無駄に受験勉強に血道を上げた挙
句に玉砕するよりははるかにマシさ。手駒と残り時間から逆
算して選択した方が、はるかに能率がいい」

急に黙っちゃった僕を見て、先生が苦笑いする。

「君は見るからにまじめそうだもんなあ。大学入ったらのび
のび遊ぶぞーって連中が何割かいるんだから、そういう要素
も取り入れないと」

「うーん……」

納得してない僕を見て、やれやれと思ったんだろう。
先生が別のたとえ話を持ってきてくれた。

「学校ってのは、義務教育から大学まで、基本的には全部箱
だよ。その箱の中に入る鍵をどうやってもらうかに差がある
だけ」

「箱、かあ」

「そう。それはただの容れ物でしかないの。そこに居ること
は出来ても、そこから何を持って出るかは自分が決める。自
分で決めるってことは、そこには義務も権利もないってこと
なの」

「あ……」

「大学は、そこが一番緩いんだよ。ただ四年間そこにいただ
けでも、別に構わない。出る時に、のんびり出来て楽しかっ
たなーでもいいのさ」

「いいんですか?」

「だって、それは人から決められるもんじゃないだろ?」

む。確かにそうだ。

「目標を自分の中から湧き出る意思で決めてるなら、それは
それでいいと思う。でも、外から材料を与えられて、この中
から決めなさいねっていう目標は、たぶん使いものにならな
いよ」

先生の指摘は容赦がなかった。
先生は、目標がないから怠けていいって言ってるわけじゃな
い。
目標の有無にこだわらないで、受験は受験でぱきっと割り切
れ、なんだ。

「たとえばね。僕はこの仕事に就いてまだそんなに経ってな
い新米講師だけど、元々は高校の先生を目指してた」

「え? そうなんですか?」

「そう。でも、教員採用試験は恐ろしく倍率が高いし、地元
の試験を受けないと資格があっても採用してもらえない」

「へー」

「そこを無理に突破しにいくか、公立校の教師以外の就職口
を探すか。それを天秤にかけて、こっちを選んだ。僕は、効
率を優先したの。それで余裕が出来た時間資源を、今出来る
ことに使いたい」

ふうん。時間資源、かあ。

「まあ、そういう考え方もあるってことね」

「はい」

「僕に言わせてもらえば、まじめな子は目標を持たない方が
いいと思う」

「えええっ!?」

「まじめ過ぎるとね、目標を達成出来なかった時に軌道修正
を上手にこなせない。現実は、軌道修正の連続だよ」

「ううー、そっかあ」

「スマートにこなしてください」

「へーい」

「そうじゃないと、病むからね」

そう言って、先生が自分のアタマを指差した。

ぞっ……。


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