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三年生編 第70話(7) [小説]

ドアツードアで四十分とか、そんなものか。
一時間あれば、余裕で間に合う。

僕は、夏期講習の会場の入り口で手帳を出して、電車や駅か
らの道順を書き留めていた。

講習は明日からだけど、自習で予備校の教室を使っている学
生がいっぱいいるんだろう。校舎には大勢の学生が出入りし
てる。それだけ見れば、高校とそれほど変わんない。

でも。

ここには、もう高校には戻れない学生、浪人生も来てる。
外語大を目指していた外山先輩が挫折したみたいに、一人で
がんばりなさいっていう環境に置かれると、プレッシャーで
潰れてしまう人も出てくるんだろう。

僕は、そんなのに耐えられそうにない。
受験勉強以外の雑事がなくなったら、その分勉強に集中出来
る? いや……そんなに甘くないと思う。
高校に行ってたみたいな息抜きや日常生活の切り替えが、物
理的に出来なくなるから。

自分を限界ぎりぎりまで引っ張れるのは、逆にそこまで出来
る余裕があるから。
いつも背伸びしているような僕には、もっと背伸びをしない
とならないギャンブルに挑むのは分が悪すぎる。

それに、経済的にも予備校に通う余裕はない。
すぐ後ろに実生も控えてるし。

上位校のレベルまで自分の地力を上げていくことより、現時
点で目指せる最上位のところを確実に固める。
その方が僕には間違いなく合ってる。

あとは、僕が見栄やコンプレクスからそいつを切り離して、
本当に心から志望校を納得出来るかどうかなんだろう。

今年のぽんいち受験生の惨敗。
瞬ちゃんが、超辛口のコメントをしてたね。
てめえの実力を甘く見て、付け焼き刃の上昇志向に乗せられ
た。こけるのなんか当たり前だって。

模試を何度受けたところで、それは模試に過ぎない。
本番を失敗したら、それで全部おじゃんだ。

片桐先輩は、準規さんとの生活を。
酒田先輩と恩納先輩は、自分の夢を。
それぞれ確固たる目標に据えて受験を乗り切った。

僕に本当に必要なのは、ただ知識を目一杯詰め込むことじゃ
なく、本番でのしかかるプレッシャーをはねのけるのに必要
な大きな目標を決めることなんだろう。

そして、それはまだ……見つかっていない。

「ふう……」

「どうしたの? そんな大きな溜息をついて」

真横で声をかけられて、驚いて飛び退った。

「わ!」

「あ、ごめん。おどかしちゃった?」

先生なのかなあ。背広を来た若い男の人が、物珍しそうに僕
を見てる。

「あの、講師の方ですか?」

「そうです。君は一般コース?」

「はい。数学、化学、生物、英語の履修です」

「教科別の強化コースってことだね?」

「はい」

「暑いけど、がんばってください。ここが踏ん張りどころだ
からね」

「はいっ! あ、先生は、教科は?」

「特進数学の高橋です。一般では教えないから、君とは顔を
合わすことはないかな」

そっか。

「さっき溜息ついてたのは、学力的なこと?」

「いえ。進路を決めるのに、まだ目標が……」

「ふうん?」

論外だって、怒られるのかと思ったけど。

「どんな目標が必要?」

「え? いや、将来何するか、とか」

「まじめだねえ」

どご。
思わずぶっこけた。

「教えてる方がこんなこと言うのもあれなんだけどさ。そこ
らへんにこだわる子ほど、能率が悪い」

「ええっ!?」

「受験は、ある意味ゲームに似てるね。志望校合格っていう
ステージをクリアすることを目標にして、クリアに必要なテ
クを学び、本番に臨む。ゲームはあくまでもゲームだから、
それ以上の意味はないの」

「うーん」

そこまで割り切らないとだめなのかなあ。
先生は、そんな僕の表情を見ずに淡々と話し続けた。

「ゲームしてる最中に、こんなゲームなんかやってて何にな
るんだろうと思ったら、絶対にクリア出来ないよ。そゆこと」

がびーん……。

すっごいきつい言い方だったけど。
僕は、その通りだと思った。



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