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三年生編 第109話(1) [小説]

10月3日(土曜日)

「うん。いい天気になってよかった」

リビングの窓から、きれいに晴れ渡った秋空を見上げる。
しゃらのお父さんの理髪店が、いよいよ今日から再出発になる。
スタートの日がすかっ晴れだと、幸先いいもんな。

「いよいよオープンなのね」

朝食を運んできた母さんの声が背中にぽんと当たった。
振り返って答える。

「そう。今日はお披露目だけで営業はしないみたいだけど
ね」

「ふうん。明日から? 日曜なのに?」

「しゃらんちは水曜定休なんだ」

「これまでも?」

「ずっと前は知らないけど、林さんとこ借りてやってる時
はそうだったよ」

「日曜にはしないのね」

「お客さんの層を広げたいみたい。年配の人ならいつが休
みでも関係ないけど、勤めてる人は日曜に店やらないと来
てくれないからね」

「そっかー」

「かんちゃんも、前に働いてたところが水曜定休だったか
ら違和感ないって言ってたし」

「奥様と休みを合わせるのが大変そうね」

「はははっ!」

思わず笑っちゃった。

「あの二人なら、何曜日が定休でも関係ないよ。熱々で毎
日が日曜だもん。それに」

「うん」

「先生は基本怠け者のインドア派だから、二人でどっか行
くっていっても、この辺りの散歩で済んじゃうし」

「ばばくさー」

お母さま。うちの親父もそうだってばさ。

「いいじゃん。それぞれのスタイルってのがあるんだから
さ」

「まあね。そういや、実生はまだ寝てるの?」

ああ、そうか。
母さんには、今日の詳細を知らせてなかったな。

「開店早々に営業しないのは、ちゃんと訳があるんだ」

「へ?」

「開店に合わせて、店で先生とかんちゃんの結婚式をやる
んだよ。実生はしゃらと一緒に先生の補助に行ってる」

「ちょっとっ! そういう話はもっと早く言ってよっ!」

ぶわっと母さんが沸騰する。
まあ、式を大々的にやるなら手伝い頼むけどさ。

「結婚式って言っても、どっかの式場でお客さん呼んでや
るって感じじゃないんだ」

「え?」

「そりゃそうでしょ。かんちゃんも先生も、身内が誰もい
ないんだもん」

「あ……そうか。そうだったね」

母さんの怒りの火は、さっと鎮火した。

「じゃあ、挨拶だけって感じ?」

「それに近いと思う。ただ、その挨拶がすごく大事なん
だって聞いてる」

「どして?」

「しゃらんちの理髪店は、先々かんちゃんが跡継ぎになる
からさ」

「ああっ! そうかあ!」

「でしょ? お父さんは、しゃらに継がせる気はないの。
御園理髪店という名前も、かんちゃんの代からは桧口理髪
店になるんだ。今のうちから、そういうのをアナウンスし
ておこうっていうわけ」

「すごいなあ。歌舞伎の襲名披露みたいだ」

「わははっ!」

うん。なんか、そんな感じ。
暖簾分けもいいけど、こういう形で店をつないでいくって
いうのもいいなあって思っちゃう。

寿庵とかも、そうなるんだろうなあ。
中村さんから長岡さんへ。
でも中村さんが言っていたように、継ぐのは店そのもの
じゃなくて、精神なんだろう。
いくらもうけたか……じゃなくて、どれくらい自分の理想
に近づけたか。いい菓子が作れたか。

青臭いって言われるかもしれないけど、心を受け継ぐ生き
方にはすごく憧れるし、自分もそういうのを目指したいな
と思うんだ。

「いっちゃん、ぼーっとしてたら遅れるよ? さっさと朝
ご飯食べて!」

「おおっと! まずいまずい!」


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