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三年生編 第109話(2) [小説]

「いっき、おせーぞ!」

息急ききって店の前に駆け込むなり、かっちんにどやされ
た。

店の前は黒山の人だかり。そりゃそうだよね。
商店街だと、開く店より閉まる店の方が多いんだ。
こんな風に大々的にオープンをアピールすることが少なく
なって、全体としては寂れていってる。
だから、みんなわくわくしてるんだろう。

「わりぃわりぃ。母さんに捕まっちゃってさ」

「いいけどよ」

「みんな揃ったの?」

「揃ってるよ。いっき待ちだったんだ」

ううう。
済まんこってす。

しゃらのお父さんが僕を見て、小さく頷いた。
すぐに始めるってことなんだろう。

「みなさん!」

礼服をぴしっと着こなしたしゃらのご両親と、リックさん
の結婚式の時のスーツを着たしゃらが、店の前で横一列に
並んで小さくお辞儀をした。

「本日は御園理髪店リニューアルオープンにあたり、たく
さんのお祝いと激励の言葉を頂戴いたしました。あつくお
礼申し上げます」

お父さんが、ぴかぴかの店舗を振り返ってぐるりと見まわ
した。

「私がこの商店街でお世話になって二十年あまり。その間
に、いろいろなことがありました」

お父さんの表情は柔和だけれど、いろいろの中身が半端じゃ
ないことはみんな知ってる。
集まった人たちはみんな小さく頷いた。

「最初は、女房子供を食わせることで精一杯でした。きっ
と、愛想のないあんちゃんだと呆れられていたと思いま
す。私はまじめに仕事に励んできましたが、店を保たせて
くれたのは私の腕じゃなく、家内です」

お母さんが、少し照れたように笑った。

「そのまま静かに時が流れてくれれば。どんなにか、そう
願っていたことか。でも神様仏様ってのは、時として無慈
悲な運命を押し付けます」

笑顔を消したお父さんが、ゆっくりギャラリーを見回した。

「則弘がトラブルに巻き込まれて失踪。沙良がひどいいじ
めにあい、女房は身体を壊し、私は店を潰した。失意の最
中に私たちを支えてくれていた義母が病死しました」

「なんで。なんで私らだけがこんな目に。そう思わなかっ
たと言ったら嘘になります」

ふっと漏らした息の音が、はっきり聞こえる。

「でもね、そんな私らがこうやって店を再興できたのは、
不幸以上に幸運があったからです。林さんに店を貸しても
らい、かんちゃんが来てくれて、商店街のみんなや沙良の
友達が私らを助けてくれた。私らは……恵まれています」

お父さんの顔に笑顔が戻る。

「床屋ってのは客商売です。髪を切るだけじゃなく、そこ
でいいものをやり取りしないと意味がない。私がへたばっ
ていた時に林さんにどやされたことを、もう二度と忘れる
ことなく。これから来店してくださる方には、髪が目減り
した分、明るい気持ちをお土産を持って行ってくれればな
と。そういう心がけで精進してまいります」

親子三人が、揃って深々と頭を下げた。

「どうか、倍旧のご愛顧をよろしくお願いいたします」


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