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【SS】 見えないプレゼント (高井 涼) (二) [SS]


 それは三月下旬のある日のこと。
 閉店時間が過ぎて客の姿が絶え、パートの女性陣もお疲れ様の言葉を残して三々五々売り場を離れた。店員の高井と菊田だけが、店舗に残って残務整理をしていた。

 花や野菜の春苗販売が本格化する時期は、トレマホームセンターの園芸コーナーが連日客でごった返す。売り上げも想定以上だったのだが……。菊田は一日中ずっと機嫌が悪かった。
 普段は冷静沈着な菊田がひどく気分を害する理由は一つしかない。原因をよく知っている高井が、溜息混じりに確かめた。

「菊田さん。もしかして、また……ですか?」
「小田沢のバカヤロウ!」

 菊田が突然大声で吠えた。

「あいつの頭ン中ぁどうなってるんだっ! 企画でちっとも使えないから主任に格下げになったくせしやがって、他部門の発注業務に手ぇ出すなっ!」
「やっぱり小田沢さんですか。懲りずになんかやらかしたんですね」

 そこそこいい大学を出ている小田沢は、本来ならば幹部候補生のはず。だが、社会人としては間違いなく寸足らずだった。
 学生気質がいつまでも抜けず、思いつくまま独善的にプランを動かそうとする。ノリはいいが段取りや根回しを考えない。やることなすこと万事いい加減なくせに、何かとあちこちにしゃしゃり出る。とんでもなく迷惑なお祭り男だ。

 これまで何度も場当たりイベントを企画して菊田の逆鱗に触れ、その都度どやし倒されてきたもののちっとも懲りていない。自分もとばっちりを食ったことがある高井には、菊田の激しい怒りがよく理解できた。

 小田沢の軽挙がもたらすトラブルは、側(はた)から見れば喜劇だが、巻き込まれてしまった同僚や部下にとっては悲劇以外のなにものでもない。しかも、本人だけがいつまでも被害者の嘆きや白眼視に気付いていない。
 そんな小田沢を徹底的にこき下ろしながらも、同時にサポートしてきたのが菊田だった。しかし。いつもは罵倒が一巡すれば収まるはずの菊田の舌鋒が、どんどん鋭くなっていた。高井は、それがひどく気になった。

「これ見ろっ!」

 ばさっ! 菊田が突き出した発注伝票の束を見て、高井が思わず頭を抱えた。

「ちょっとー。ごぼう苗が、なんで堀川ごぼうなんですか。こんなん売れませんよー。栽培難しい上に巨大ごぼうになっちゃうから」
「仕入れ単価高い上に、これじゃ売れ残る。丸々赤だよっ! これもそうだっ!」
「え? しいたけ栽培セットじゃなくて万年茸栽培セットぉ? こんなん誰も買わないよー。ちょっとちょっとー!」

 菊田をなだめようとしていた高井の頭にも、ぐんぐん血が上り始めた。

「ああ、リョウ。それなんか、仕入数少ないからまだましさ。仕入数多いトマト苗なんかもっと悲惨だよ」
「え?」

 伝票をめくっていた高井が絶句する。

「桃太郎とかアイコとか、定番や売れ筋品種が一つも入ってない……って」
「蔵出しの新品種ですよって、まんまと業者に嵌められたんだろ。知名度のないジャンク苗つかまされやがって!」
「ううー」

 菊田の口から、爆音とともにとめどなく噴煙が吹き上がり続ける。

「しかも、納入された苗をヤバいところに放置しやがってっ!」
「苗って、なんのですか?」
「またたびだよ。お客さんからの注文で取り寄せたんだ。それをペットコーナーの猫のケージ横に置きやがった」

 その結果どういう騒動に至ったかは、高井が想像するまでもなかった。

「ペット部の中村さんからねじ込まれたのは、あいつじゃない。無関係のあたしだよっ!」
「そんなあ」
「あいつのやることなすこと、一々あたしたちの邪魔ばっかりだ。昨日今日の話じゃない。ずーっと前からだっ!」
「そうなんですよねー。しかも悪意がないっていうか。宴会好きのお祭りバカなだけだからどうしようもないっていうか」
「いつかはましになると思って我慢してたけど、もう限界だっ! あの野郎、今日は徹底的にぶちのめしてやるっ!」

 菊田は、若い頃女だてらに武闘派暴走族の総長(ヘッド)に君臨していた。今は更正して至極まじめに働いているが、三十後半の家庭持ちになった今でも荒っぽい気性はそのまま残っている。
 だが昔と違って、今荒っぽさがむき出しになるのは部下や同僚が組織を損ねかねない大失態をしでかした時だけだ。

 暴走族だろうが売り場だろうが、組織は組織。人を束ねてきちんと動かすなら、長のつく者がメンバーをしっかり統率する必要がある。
 その自覚をもとに体を張ってトラブルシューティングにあたる菊田は、厳しさを他者にも等しく要求する。トラブルを起こした同僚や部下を甘やかすことは決してなかった。

 トラブルの原因がイージーミスや注意不足による単発かつ偶発的なものであれば、菊田は注意喚起すなわち「次から気をつけてね」で無難に収めた。
 しかし、小田沢のようにあちこちのネジが外れている手合いにはいくら口頭で厳しく注意しても効き目がない。それゆえ、菊田の叱責がどやしのレンジを超過し、度々鉄拳制裁にまでヒートアップしていたのだ。

「えー? 菊田さん、やり過ぎたらクビになっちゃいますよう」

 高井が慌ててブレーキをかける。その時高井は、高校卒業後トレマホームセンターに入社してまだ一年も経っていなかった。頭の回転が早く、仕事の段取りやコツを卒なく覚えていた高井だったが、経験はまだまだ足らない。園芸部門を一手に取り仕切っている屋台骨の菊田を失うと、頼れる人が誰もいなくなってしまう。
 そんな高井の焦り混じりの牽制をにべもなくスルーし、菊田がきっぱり言い切った。

「クビにされるようなへまなんかしないよ。でも口で言って分からなきゃ、体に覚えさせるしかないだろ?」

 駐車場の車がほとんど消えて、売り場と外を隔てるガラス壁は闇に裏打ちされ、店内の保安灯が仄かに照らし出す巨大な一枚鏡と化していた。そこに映っているのは、がっちり腕組みをして薄笑いを浮かべた恐ろしい魔女。そう……紛れもなく最凶最悪の魔女だった。

◇ ◇ ◇

 いつもは定時後すぐに別棟の更衣室で作店員服から私服に着替える菊田が、ユニフォーム姿のまま店舗を出た。

「ああ、リョウ。あたしの車のところで待ってて」
「え? わたしも立ち会えってことですか?」
「そう。あたしとあいつのワンオンワンじゃ、お仕置きにならないんだよ。ギャラリーが欲しい」
「うー」

 高井も、高校の頃は札付きごりごりの超絶ヤンキー。やっとまともな社会人としての生活が始まった矢先に、元ヤン同士が組んだと思われるようなリンチには加担したくなかった。その嫌気を覚った菊田が、手をぱたぱた振った。

「いや、リョウになんかしてもらうことはないよ。あんたは、あたしのお仕置きをよーく見といて。あんたが先々何をやるにしても、どうしてもこういう機会は出てきてしまう。あんたならどうするか、よーく考えといて」
「は……い」

 店舗の鍵を管理部に返して退勤時間を打刻した菊田は、和装の優男(やさおとこ)を連れて駐車場に戻ってきた。暗さに目が慣れた高井は、それが浴衣を着た小田沢であることにすぐ気付いた。

「ちょっと小田沢さん。その格好、寒くないんですか?」
「いや……寒い……けど」

 浴衣姿は本人の好みゆえではなく、菊田に無理やり着せられたのだろう。

 暗い駐車場のど真ん中。場違いな着流し姿の男と、ユニフォーム姿の女が二人。菊田の大型ワンボックスカーの陰で密談をするような格好で、お仕置きが始まった。



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