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三年生編 第107話(5) [小説]

「そう。まだほやほやの情報だよ。昨日アドバイザー確保
の件であてがないか打診した時に聞かされたの。菊田さ
ん、副店長昇格だってさ」

「うわ……すごいなー」

「大抜擢だよね。でも、他店に異動しちゃうんだ。リョウ
さんは今の菊田さんのポジションに横滑りするから、ヒラ
から主任になる」

「そっか。プレッシャー、半端ないってことなんだー」

「うん。そういうところに配慮がいるの」

「なんで黒ちゃんに教えてあげなかったの?」

「逃げるからだよ」

「あ……」

「できませーんてね」

「わかるー。そっかあ」

「体当たりでないとこなせないこともあるさ。なんでも下
調べして備えりゃいいってわけでもないよ」

しゃらの苦笑がじわりと漏れて来る。

「黒ちゃんにあまり知恵つけないようにね。逃げるなって
どやすだけにしといて」

「わかったー。実生ちゃんの方は?」

「さっき直にどやした」

「やっぱり失敗?」

「そう。たぶん、菊田さんの差し金だと思うよ」

「え? 差し金……って」

「学生が何か頼みに来るけど、絶対に一回でオッケー出す
なってね」

「ええーっ!?」

しゃら、絶句。あはは。

「そりゃそうさ。頼む方の態度がでかかったら、本番に不
満しか残らないでしょ?」

「なるほどなあ。ちゃんと、学生側の姿勢とか熱意とかを
査定して、それが基準に届いてなかったら遠慮なく断って
ねってことかー」

「んだ」

「厳しいなあ」

「当然だよ。松田さんはともかく、リョウさんは、明日は
我が身だもん」

「え? どゆこと?」

「今までは使われる立場だったでしょ? でも、これから
は自分がパートさんたちを仕切らないとならない。雇用責
任者みたいな立場になるの」

「そうか……」

「上から言われたことをこなすだけじゃなくて、アルバイ
トの採否を決めたり、上司として指示を出したり、上の立
場として考えたりこなしたりが必要になるんだ。きっと、
その練習だと思うよ」

「菊田さんの置き土産かあ」

「厳しいよね。菊田さんも通ってきた道なんだろうけど」

正直言って、僕らがその立場になることなんか想像できな
い。
長の責任感がどうたらって言っても期間限定だし、しょせ
んガクセイだもん。
でも、働き出したらそういう逃げが打てない。
怖い世界だなあと思う。

だからこそ、責任が軽い今のうちにしっかりシミュレーショ
ンをこなしておこうってことだよね。

「じゃあ黒ちゃんには、すぐあきらめないで再交渉してっ
て言っとくね」

それも、十分おせっかいではあるんだけど。
僕も実生にいろいろ吹き込んだからおあいこか。

「よろしくー」

「んじゃー」

ぷつ。

閉じた携帯を机の上に置いて、しみじみ思い返す。

実生も黒ちゃんも、えらいことになっちゃったってしょげ
てるだろうな。
でも、一回でもいいから失敗を経験しとかないと、それ以
上の危機が来た時に乗り越えられない。

今回のなんか、菊田さんががちがちに安全柵を設置した中
での試練だもん。試練としてはまだ小物なんだ。
大したことないよ。

「実生も黒ちゃんもチームで動いてるんだし。なんとかな
るでしょ」



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