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三年生編 第107話(3) [小説]

「敵は松田さんじゃない。実生たち一年生の寄っかかり体
質なんだよ。そこが解消しない限り、何回交渉しても無駄
さ」

「どしてっ?」

「今のままなら、本番で松田さんとリョウさんに現場を丸
投げしちゃうから。あとはよろしくお願いしますってね」

「あ……」

真っ赤だった実生は、今度は真っ青になった。

「自分がそうされてみ? 我慢できるか? 失礼以外のな
にものでもないよ」

「う……う」

「自分が引き受けるならともかく、人に何かをお願いす
るっていうのはすごく大変なんだよ」

「でも、お兄ちゃんは会長にいっぱい頼んでるでしょ?」

「頼んでるよ。でも、僕が頼む時は断られることが前提。
最初から引き受けてもらえる前提にはしてないの」

「……」

「ダメならダメでどうするか。いろいろなケースを想定し
て交渉に当たるし、お願いした人に絶対断られたくない時
にはこれでもかと対策を練って、何度でも粘る。作戦と覚
悟がいるんだ」

実生たちは、そのどっちも中途半端だったんだろう。
それは仕方ないさ。

「まあ、なぜ松田さんに断られたか。そこをもう一度考え
直して、作戦立て直したら? 実生一人じゃなく、担当者
全員でね」

「……うん」

「それを実生が仕切れないなら、二度と責任者なんかやら
ない方がいい。高橋くんも江口さんもそうだけど、前へ出
る人は、向かい風が当たることを覚悟してその位置にいる
んだ。責任者を引き受けたなら、逆風がぶち当たる覚悟を
しとかないとさ」

ふうっ。

「たぶん、黒ちゃんも撃沈だろなあ」

「う……ん」

「それが勉強だよ」

「お兄ちゃんも失敗したの?」

「したよ。二年の学祭の時に、うちの弱小茶華道部じゃ単
独展示できないから市商……今は紫水の華道部との共同展
示を糸井先生に持ちかけたんだ。華道部の顧問をされてた
からね。その時に、すっごい怒られたんだ」

「へえー……」

「他校の部活にはうかつに手を出せない。それぞれの学校
で決まりや流儀があるからね。顧問の先生同士でしっかり
打ち合わせしないとならないし、費用負担や事前準備をど
うするかを取り切めておかないとならない。それは生徒の
領域じゃないんだ」

「あ、そうか」

「それを、僕がノリでひょいっと持ちかけちゃったもんだ
から、全力でどやされたの。工藤さんはもっとしっかりし
てると思ったのにって。当然だよなー」

「うわ」

実生がのけぞって驚いてる。

僕のお願いは、図々しいもいいとこだったんだ。
恥ずかしいったらありゃしない。
その頃の自分自身に、思わず舌打ちしちゃった。

「こんなのも勉強さあ。他にも尾花沢さんにどやされ、菊
田さんにどやされ、榎木さんにどやされ。プロとしてプラ
イドを持って働いてる人たちから、そのプライドの価値と
重要性をたっくさん勉強させてもらった。学校じゃなかな
か教えてくれないからね」

「うん」

「なあ、実生」

「うん」

「松田さんは、娘さんを病気で亡くしてる。本当なら、実
生たちを見るのは辛いんだ」

「……」

「それなら、亡くなった娘さんの分までがんばらないとだ
めですよって、松田さんをどつかないとならない。よろし
くお願いしますだけじゃ全然足らないんだよ」

松田さんの予想外の拒絶と仲間から責められたショックで
どっぷり落ち込んでいた実生の顔が、ふっと上がった。

「もう一度言う。責任者なら、もう一度メンバーを招集し
て作戦を練ったら? ここで諦めるんなら、責任者から降
りた方がいいと思う」

それだけ言い渡して、自分の部屋に戻った。





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