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三年生編 第107話(2) [小説]

実生を送り出した母さんはそのままトレマのパートに行き、
家にいるのは僕一人になった。
そして、僕は完全集中で数学の問題集と取っ組み合いをし
ていた。

無音のはずのリビングで音がして、はっと我に返った。
時計を確認する。

「まだ十時半か。予想通り玉砕だったなー」

ぱたぱたと机の上を片付けてリビングに降りたら、目を
真っ赤に泣き腫らした実生が床にへたり込んで意気消沈し
ていた。

「やっぱかあ……」

「……」

ソファーにどすんと体を投げ出し、苦笑を一つ。

「断られたんだろ?」

「……うん」

「そりゃそうさ」

「え?」

実生が非難混じりに視線を僕に投げ返す。
わかってたら、どうして教えてくれなかったのってね。

「あのな、実生。僕は、松田さんとのコンタクトラインを
確保しただけなの。リョウさんもそう。話は聞いてあげる
よってだけで、最初から引き受けてくれること前提じゃな
い」

「わかってるよ!」

「わかってない」

ぴしりと釘を刺す。

「実生一人がわかっててもダメなんだって。他のメンバー
は、みんな松田さんの怖さを知らないだろ」

「あ……」

「ほら。もう一人で抱えちゃってる。全然進歩してない」

悔しそうに、実生がぐっと唇を噛んだ。

「交渉責任者ってのは、そいつが一人で全部やるってこと
じゃないんだ。全員で進行をどうするか打ち合わせ、役割
分担を決めて交渉に当たる、その仕切り役」

「ちゃんとやったよ!」

「やったなら、失敗してとぼとぼ返ってくるなんてことに
はならない」

「う」

「で、兄貴が段取りつけてくれてるはずなのに話が違うっ
て、他のメンバーに責められたんだろ?」

実生が、顔を真っ赤にして悔し涙をこぼし始めた。



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