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三年生編 第107話(1) [小説]

9月30日(水曜日)

「げー」

起き抜けにカレンダーを見て、がっくり来る。
この前夏休みが終わったと思ったばかりなのに、夏休みど
ころか九月がもう終わりだ。

「十、十一、十二……残りあと三ヶ月じゃん!」

受験生生活って長いよなあと漠然と思っていた甘さが、あ
ほかあってひっくり返される。
長い? とんでもない!
あっという間にラストスパートだ。

去年惨敗した三年生の焦り。
それが、自分のこととして目前に迫ってくる。

志望校の仮が取れたからまだマシだけど、それが仮置きの
ままだったら悲惨だったろなあ。

実質県立大一本に絞ったことで、プレッシャーのレベルを
下げることはできたけど、受験がなくなったわけじゃない。
センター試験と二次の筆記試験。
どっちかで大コケしたら、楽勝だなんて言ってられなくな
る。

僕が自信家ならいいけど、根は小心者だからなあ。

げんなりしたまま制服に着替えてリビングに降りたら、実
生がぶぁりぶぁりに気合い入ってた。

「んんー? どしたー、実生。そんなにいきんで。ベンピ
かー?」

がつーん!
いきなり手加減なしのパンチが。

「いでえ。なんだよう」

「朝っぱらから、ろくでもないこと言わないでっ!」

「いや、マジでどしたん?」

「ガーデニング相談会の講師依頼」

「なんだ、おまいが責任者になったんか」

「う……」

青くなって、腹押さえてやがる。
相変わらず、肝心な時にびびりになるのう。

「松田さんだろ? 初対面じゃないやん。正月バイトの時
にお世話になってるじゃん」

「そ……だけどさ」

トレマで立ち話風にやるならこなせたんだろなあ。
でも何人かでお宅にお邪魔して、学校側の代表者として依
頼するならプレッシャーが違う。
実生は松田さんの厳しさをよーく知ってるから、なおさら
だ。

「でも、黒ちゃんが交渉責任者やるって連絡受けたけど
なー」

「黒田先輩、リョウさんの方担当なの」

なあるほど。担当を分けたってことだ。
そして、リョウさんだって決して楽な交渉相手じゃない。
菊田さんはリョウさんに、学生たちの申し出を安易に引き
受けるなって言ってる気がするんだ。

上司の命令を受けて動く店員という立場と、パートさんた
ちを指揮しないとならない主任という立場は違う。
別の視点が必要だよ。
今のうちに、両面からしっかりセルフチェックしときなさ
い。菊田さんなら、きっとそう言うだろう。

リョウさんも、菊田さんや松田さんたちに試されたんだ。
黒ちゃんたちも、僕としゃらが最初にトレマの面接に行っ
た時みたいに試されるんじゃないかな。

実生たちは逆だ。
いつもしてもらっている立場から、自分がお願いする立場
になった時にどうすればいいか。

まあ、僕の役割は菊田さん経由でアドバイザーの候補を確
保したところで終わり。
あとは、実生たちにがんばってもらうしかない。

「普通に交渉すればうまくいくでしょ。気楽にやればいい
さ」

「そんなこと言わないでよう」

「さあね。僕はいつも自分一人でやってきたんだ。誰の手
も借りてない。いっつも体当たりライブ。人数いるなら、
その分楽でしょ」

「ぶー」

苦笑しながら、膨れている実生を見下ろす。

予想に過ぎないけど。
たぶん、松田さんもリョウさんも実生や黒ちゃんの依頼を
はねつけるんじゃないかな。

そして実生たちが、僕が思い浮かべたようなマイナスの事
態に備えているとは思えないんだ。
うろたえて、パニックになるかもしれない。

そこからが本当の交渉になると思う。
お互いにね。

それは勉強。学校ではなかなか教えてくれない勉強。
だって、学校なら必ず先生が下地を整えてくれるもの。

そわそわしながら準備を始めた実生の背中に声をかけた。

「……あきらめるなよ」

「え? な、なに?」

実生の問い返しを無視して、僕は二階に上がった。



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