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三年生編 第106話(6) [小説]

この時点では、まだなんとも言えない。
喜びたいところだけど、ぐっと我慢。
期待と不安が入り混じった状態で、ひたすら菊田さんから
の連絡を待った。

10分くらいして、携帯が鳴った。

「はい! 工藤です」

「工藤さん? 前にバイトしてもらった時に、パートをさ
れてた松田さんを覚えてる?」

「もちろん! いろいろ教えてもらいましたから。でも、
辞められたんですよね」

「そう。娘さんを亡くされて、ひどく気落ちされてたから」

「はい……」

「でも、どっかで転機は必要でしょ」

「あ!」

「いきなり職務復帰っていうわけにはいかないわ。でも、
若い人たちがわいわいやっているところで元気を分けても
らうのは、いいことだと思う」

「そっかあ。引き受けてくれそうなんですか?」

「今回のは仕事じゃないからね。おばさんで役に立つな
らって言ってくれたの」

わあお!
菊田さんが、しみじみと語る。

「わたしにチャンスを与えてくれた人には、わたしもチャ
ンスでお返ししたい。松田さんがこれからどうされるかと
いうところまでは踏み込めないけど、外からの風は必要で
しょ」

「はい」

「実務経験の長い方だし、グリーンアドバイザーの資格も
持っておられる。ぴったりだと思うよ」

「助かります! 謝礼とかスケジュールとか、打ち合わせ
させてもらっていいですか?」

「うん。あとは松田さんと直接やって」

「ありがとうございます!」

「あ、それと」

「はい?」

「当日は、リョウも付ける」

どごーん!
思わずぶっこけた。

「あわわわわ……」

「あはは。そろそろ、わたしが異動になりそうなの」

「えっ!?」

そ、そんな。

「前から話はあったんだけどね。家庭の事情もあるからっ
て断り倒してたんだわ。でも、車で通えそうな他店でテコ
入れをして欲しいっていう打診が、本部から来てね」

「わ……」

「業務主任じゃなく、副店長での異動なの。実質その店の
販売戦略を仕切ることになる」

「副店長! すごいですね」

「その分、プレッシャーも強いけどね」

菊田さんが、こそっと笑った。

「でも。学歴もなにもない私を実績で評価してくれたの
は、すごく嬉しい。それにはきちんと報いたいの」

「はい」

「リョウもめきめき腕を上げてるけど、まだまだ経験が足
りない。私の代わりに実務を補佐してくれるベテランさん
が欲しいんだ。寺さんはお母さんの介護があるから、無理
を言えない」

「あ、それで松田さんを……」

「うん。松ちゃんの意向を無視してごり押しすることはで
きない。だから、工藤さんたちのイベントで現場に立つ楽
しさを思い出してもらって、前向きさを取り戻してくれた
らなあって」


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