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三年生編 第105話(6) [小説]

「今私が列記した問題点や改善案は、昨日今日ぽっと出て
きたものではなく、実はコンテストを始めた当初から懸念
されていたことだったんです」

え?
僕らは、あっけにとられる。
ぽっかあん。

「それが分かっていながら、なぜ今までそのまま引っ張っ
てきたか。それは高校でのガーデニング、作庭というのが
極めて地味な活動だからです」

あっ!

「甲子園での高校野球優勝校は全国にその名が轟きます
が、当コンテストで優勝しても、なんだそれと言われるだ
けかもしれません」

どてえっ!
僕らだけではなく、会場の全員がぶっこけたと思う。

「優劣を競うよりも、学校における庭の設営、管理がどれ
ほど重要か。そこでどれほどのことが学べるか。私たち
は、コンテストという機会を提供することで、みなさんに
新たな気付きや学びを得てもらうことを最重視しました。
啓蒙の意味合いが最も強いんです」

「つまり、ある目標に向かってみんなで知恵を出し合い、
理想形に近付けようとたゆまず手を動かす重要性を学んで
欲しい。それを、コンテストという機会がかなえてくれれ
ばいいなと。ですから、応募要項の歪みにはあえて目をつ
ぶってきました」

「しかし回を重ねて規模が大きくなるに従い、私たちが望
んでいたことと現実とが大きくかけ離れてきたんです」

ふっと大きく息を吐いた小熊さんが、声を張り上げた。

「そもそも、なぜ庭を作るのか。なぜ庭が必要か。最も肝
心なその原点が、いつの間にか置き去りにされてしまいま
した。どんな庭を作るかだけに、応募者の視点が固定され
てしまいました」

小熊さんがぐんと手を伸ばして、僕らを指差した。

「審査員特別賞を受賞された、田貫第一高校のハートガー
デンプロジェクトのみなさん。全ての応募校の中で、唯一
その原点が企画書およびプレゼンの両方にしっかり盛り込
まれていたんです。受賞理由は、端的に言えばその一点で
す」

「一人の生徒さんが手入れの行き届かない荒れた庭はかわ
いそうだと感じ、庭を元気にすればみんなも元気にできる
と考えた。時には学校に喧嘩を売ってまで真摯に庭の意味
と価値を考え、学友を組織し、わずか二年の間に全国に誇
れる庭作りのシステムを築き上げた。お見事です」

「原点が揺るがない活動は、必ず実を結びますね。私たち
もコンテストのあり方を見直す重要なきっかけを頂戴しま
した。田貫第一高校のみなさんには、この場を借りてあつ
くお礼申し上げます」

うわあ……こっ恥ずかしい。
壇上の桧口先生も苦笑いしてるよ。

「降壇の前に、もう一度言わせてください。庭を作ること
は、絵を描くことによく似ています。どういう絵柄でどう
いう色を塗るか。それはもちろん大切なことなんですが、
そもそもなぜ自分は絵を描こうとするのか。そこを置き去
りにして欲しくないんです」

「庭というキャンヴァスに色を塗る前に、まず自分の心の
真っ白なキャンヴァスを見つめる。自分の表現方法がなぜ
庭なのか。そこまで戻って活動を再考していただきたいと
思っています」

小熊さんは、すうっと会釈をしてからぼりぼりと頭を掻い
た。

「いやあ、だめだね。じいさんはしゃべりすぎて」

わははははっ!


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