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三年生編 第99話(4) [小説]

「ううー」

やっぱり看護師さんの言ったのは正解だった。
最初ほどひどくないにせよ、頭痛が完全には治っていない。
支払い待ちの間に痛みが少しずつぶり返してきて、とても
授業なんか受けられるような状態ではなくなった。
素直に帰って、すぐ寝よう。

「今日は……効きが悪いってことかあ。とほほ」

「工藤さん?」

背後から声をかけられて、慌てて振り返る。

「あ、レンさん。お久しぶりですー」

「また頭痛ですか?」

「はい、久しぶりの大発作で。きっついっす」

「あらら……お大事にね」

挨拶だけですぐに行くのかなと思ったんだけど、レンさん
は何か言いたそうだった。

「何かあったんすか?」

「いや、大したことではないんですけど。工藤さんの体調
のいい時にまた」

大したことではない、か。
それでも、レンさんにはスルーできないことってことだな。
うーん、なんだろ?

「じゃあ、頭痛が落ち着いたら僕の方から電話します」

「助かります」

レンさんが、急がなくてもいいって言わなかったこと。
それなりに緊急度があるってことだろう。
でも、すっごい切羽詰まっていればもっと早くに僕に電話
が来たはず。レンさん自身のことじゃないのかな?

とかなんとかいろいろ考えてるうちに、支払いの順番が来
ちゃった。

「工藤さん、工藤樹生さん、3番窓口までお越しください」

おっと……。

◇ ◇ ◇

真昼間に制服でうろうろすることには、すっごい違和感が
あるんだけど、今日だけはしょうがないね。
もっとも顔をしかめて痛みをこらえてる僕が、これから遊
びに行くように見える人なんかいないと思う。

這うようにして家に帰り着いたけど、家には誰もいない。

「そっか。母さんもパートだな」

自分の家なのに、まるで泥棒として侵入するみたいな心持
ちで、びくびくしながら鍵を開け、家の中に滑り込む。
そんな僕を出迎えたのは、ただ静寂だけ。

いるべき人がいない。
人の気配や話し声がしない。

「ふう……」

それは、ずっと前からわかっていたこと。
来年僕がここから出れば、僕はいやでも静寂の中に身を置
かないとならない。
僕が欠ければ、この家もその事実を受け入れざるをえなく
なる。

実生が涙にしないと消化できない、どうしようもない喪失
感。それが……僕にもじわりとのしかかってくる。

「調子が悪いとろくなこと考えないね。さっさと寝よっと」

階段をわざと足音を立てて駆け上がり、ジャージに着替え
てベッドに転がった。

夕飯までには治ってくれるといいけどな。

「いててて……」



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