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三年生編 第89話(7) [小説]

そうだ。せっかく神村さんと話す機会が出来たんだから、も
う一つ聞いておこうかな。
母さんが持ち込んだあの草。マツカゼソウのこと。
なんか、まだ謎がありそうだったし。

「あのー、話が変わっちゃうんですけど、一つ聞きたいこと
が」

「なに?」

「神村さんは、マツカゼソウってどんな草か知ってます?」

「ああ、変わった草ね」

「変わってるんですか?」

「ミカン科の植物は、ほとんどが木。木本なの。でもマツカ
ゼソウは草。おもしろい選択よね」

「へー! 知らなかった」

「そしてね。それほどメジャーな植物じゃなかったんだけど、
日本の中西部の森林で、地味に分布を広げてるの」

「どうしてですか?」

「あの草は、独特の匂いを持ってる」

「はい。なんか、薬臭いっていうか」

「その嫌な匂いがもとで、草食動物がマツカゼソウを食べた
がらない。食べ残されるの。不嗜好植物っていうんだけどね」

「わ! そっかあ!」

「今ね、日本全国の山ですごい勢いでシカが増えてて、シカ
の好きな植物はあっという間に食べ尽くされちゃうの。でも
シカに食べ残されるマツカゼソウは、競争相手がいなくなる
からじわじわ増えるんだよね」

「やわっとした草に見えたんですけど、したたかなんですね」

「そう。植物は見かけによらないわ」

知らんかったー。帰ってから、母さんに教えてやろう。

神村さんが、研究パネルを見ながらこそっと笑った。

「見かけによらない。本当にそうね。見るからに傷だらけ
だったみずほの方が、先に幸運を捕まえた。わたしは自分で
はタフだと思ってたけど、見かけほど強靭じゃなかった。そ
ういう事実から目を反らすと、嘘を飲まないとならなくな
る」

嘘を飲む、か。

「研究者なら、もっと事実をシビアに見ないとだめだなー。
はあ……」

やれやれというように首を振った神村さんは、それでも明る
く挨拶して帰っていった。

「ゆっくり見てってね。みずほにはよろしく伝えといて」

「直接連絡されないんですか?」

「その場の勢いで、なんか余計なこと言っちゃいそうだから
さ。あはははっ!」

なんとなくその様子が目に浮かんで、僕は苦笑するしかな
かった。
神村さんて、言葉遣いは丁寧だけど、突っ込みがごっつ厳し
いからなあ。

「はあい」





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