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三年生編 第87話(7) [小説]

少しか回復したかなあ。
家に帰ってからメールや電話で確認してもよかったんだけど、
やっぱり顔を見て安心したい。
それに、サポが必要かどうかってのもあるし。

しゃらの仮住まいのアパートに寄って、呼び鈴を押した。

「おーい、大丈夫かあ?」

「いっきぃ?」

「うーす」

げっそり顔のしゃらが、ドアロックを外してよろよろと出て
来た。

「しんどーい」

「どしたん?」

「なんかあ、貝に当たったみたい」

「うわ……。じゃあ、一家全滅?」

「いや、お母さんは用心して食べなかったの」

「じゃあ、お父さんが」

「そう。わたしと同じでぴーぴー。今日は仕事休んでる」

「ぐええ、きつそう。買い物してこようか?」

「すっごい助かる!」

さっと引っ込んだしゃらが、かなり長いメモを持って戻って
きた。

「量あるけど、大丈夫?」

「こことスーパーの間なら距離ないからね。二回に分ける」

「ごめんね」

「いいって。それよか、早く体調戻さないと」

「うん……」

「横になってたらいいよ」

「そうするわ」

「じゃあ」

「お願いねー」

「うーす」

そっとドアを閉めて。
大きな溜息を連発する。

今はこうやって僕がサポート出来るけど。
僕が下宿してここを離れたら、こういうまめなサポートが不
可能になる。

きっとしゃらは、僕が離れることを前提にして家族で暮らし
ていく新たな方法を考えるだろう。
商店街の人たちとのつながりもあるし、そっちはあんま心配
してない。

でも僕がこれから家を出ようとするように、しゃらもいつか
は家を出て暮らす道を探るはずだ。
そして……僕にはその形がどうなるのかをまるっきり想像出
来ない。

そこが、ね。

「さて。買い物を済ませちゃおう」

商店街のアーケードを抜けたら。もう日がすっかり傾いてい
た。

昼の暑さはまだまだ残っているけど、確実に日が短くなって
きてるんだよな。
それは……同時に僕やしゃらの残り少ない高校生活を容赦無
く削り取っていく。

だけど、僕は後ろを振り返る暇がない。
まず、今を。昨日や明日のことよりもまず先に、今をしっか
り見つめないとならない。

顔を上げて薄闇の向こうを見透かす。
頼りない天幕の上に、今朝見たトケイソウのイメージがぼん
やりと浮かんだ。

トケイソウの別名はパッションフラワー。受難の花。
人々を救うために身代わりになったキリストの受難に見立て
られてる。

僕はキリストなんかじゃないから、人の代わりに受難するこ
となんかできないけどさ。
それでも、こっそり祈ってしまう。

「なあ、僕は今、これでいい。これ以上を望まない。だから
僕の代わりに、今助けが必要な人を助けてくれないか?」




tok.jpg
今日の花:トケイソウPassiflora caerulea


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コメント 2

JUNKO

面白い名前のお花です。
by JUNKO (2019-02-02 16:52) 

水円 岳

>JUNKOさん

コメントありがとうございます。(^^)

やあねえ、坊さんか……ではないんですよねえ。(^m^)
矢の根梵天花で、葉が矢尻の形をしたインドの花……という
意味だそうです。

園芸植物ですが、逸出して一部では野生化してますね。(^^;;

by 水円 岳 (2019-02-03 23:24) 

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