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三年生編 第88話(1) [小説]

8月28日(金曜日)

「うぐー」

頭の後ろがしびれる。

夏休み中の方がずっと時間密度が濃くて、びっしり何かして
たはずなのに。
普通に授業がある今の方が、時間の重量感がはんぱない。
どうして?

ああ、そうだよな。
使える時間が限られてるっていう、時限爆弾のタイマーが目
の前でかちかち鳴ってる感覚。
それがどんどんリアルになってきたからだ。

何かしてもしなくても時間は過ぎる。
半年、一年先のことだったら、まだまだ先じゃんて笑えるけ
どさ。もう残り四か月しかない。

高校最後の八月が絶命したら。僕らにはもう休みがない。
全てをぶん投げて、やれやれって息を抜けるまとまった休み
時間がもうないんだ。

それが……じわっと効いてくる。

教室で片肘ついて顔をしかめてたら、ヤスが寄ってきた。

「おーい、いっき。どした? 調子悪そうじゃん」

「ああ、頭痛がする」

「ほえ? 珍しいな」

「いや、そんなにしょっちゅうではないけど、偏頭痛持ちだ
からね」

「そらあ知らんかった。保健室行かんで大丈夫か?」

「そんなにひどいわけじゃないからね。それと、昨日ちょい
夜更かしし過ぎて、寝不足……」

ああふ。

「御園と長話?」

「いや、あいつもまだ腹をやられたダメージから回復しきれ
てないから、電話とかは短めに切り上げてる」

「ふうん。じゃあ、勉強の方か」

「まあ、そんなとこ」

実際はそうじゃない。
今週は、家に帰ってからが結構忙しかったんだ。
もちろん、その元ネタはさゆりちゃんのこと。

健ちゃんから何度も電話がかかってきて、その応対でだいぶ
時間を持って行かれた。

僕個人としては、関与できるのはこの前のところまで。
あとは健ちゃんたちが話し合って、家族の間でなんとかオト
して欲しい。
僕らを巻き込んだって、事態が複雑になるだけだよ。

僕はこれからラストスパートだ。
がっつり気合いを入れんとならん時に、結論の出ない微妙な
話を持ち込まれるのは本当にしんどい。

でも、同時に。
健ちゃんの焦りもよーく分かる。

いくら健ちゃんがマイペースのぼよよんと言ったって、本当
に僕が臨戦態勢に入ってしまったら一切触れなくなるってこ
とはよーく分かってる。
僕がまだそこまで切迫していない今しか、アクセス出来ない
んだよね。

僕の方から今後の方針をリードするのは無理。
僕には責任が取れないから。

あくまでもさゆりちゃんがどうしたいかがベースで、足りな
いところを家族でどう補佐するか決める。
それしかないと思うんだ。

さゆりちゃんが取りうる選択肢はそんなに多くない。
母さんが目一杯ぶちまかしたから、家に引きこもっていられ
る時間がもうないってことは分かってるはず。

そして、ほとんど登校してない高校に戻ることも出来ないだ
ろう。
私立の高校ならともかく、公立の高校で一人一人の生徒のプ
ライベートまで配慮してくれるとはとても思えないから。

ぽんいちだって、サポは最低限だよ。
加害者の元原であっても、被害者のゆいちゃんであってもそ
うだったからね。
学校で気にするのは、当事者よりも、それが他の生徒に波及
したり学校全体を動揺させることにならないかってことなん
だ。

健ちゃんにはそれを最初に伝えてある。
復学するにしても転校するにしても、学校のサポートはあま
り期待しない方がいいよって。

そしたら、さゆりちゃんは腰が引けるわなー。
通信制やフリースクールみたいに、周囲の子たちと距離を取
れる方が気楽なんじゃないかって感じるんだろう。

でも、精神的な負担がどのタイミングでかかるかの違いがあ
るだけさ。最初辛いのを我慢してすぐに慣らすか、後から
じっくり苦労するか。
どっちにしても、一度レールから外れちゃったことの弊害は
結局どっかで出るんだ。

僕の中学の時がそうだったからね。





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