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三年生編 第84話(7) [小説]

お寺へ向かう車の中で、田中さんとのやり取りをもう一度思
い返す。
いろいろ言いたかったこと、伝えたかったことがあったけど、
そのほんの一部しか言えなかったような気がする。

今まで、誰かに何か伝えるってことを特別意識したことはな
かったけど、こういう重たいメッセージを伝えるのは……
すっごく覚悟と勇気がいるってことを思い知らされた。

「はあ……」

「どうしたの?」

伯母さんが、僕の溜息を聞きつけて助手席から振り返った。

「いや……僕は、田中さんに伝えないといけなかったことを
ちゃんと言えたのかなあと思って」

「さあ。それは分からないわ」

伯母さんは肯定も否定もしてくれなかった。
いつもなら、大丈夫よって言ってくれる伯母さんが。
それだけ……田中さんの心の闇、心の傷が深いってことなん
だろう。

「でも、これで田中には生きがいが出来た。今すぐ会えない
のはしょうがないわ。田中にも佐保ちゃんにもいろいろな制
限があるから。でも、親子として直接会えるようになるまで
は、お互いの存在が必ず支えになる……いや、違う」

伯母さんは、僕以上に深い溜息を漏らした。

「それは私の希望的観測よ。親子として会えるようになるの
が最良の結果だけど、これからどうなるのか全く分からない
の。私は、うまく行ってくれることを祈るしかない」

伯母さんの弱音は、弓削さんのリハビリがそんなに進んでな
いってことを暗に匂わせていた。

「弓削さん、少しはよくなったんですか?」

一応確かめてみる。
これから田中さんに弓削さんの状況を伝えていくなら、僕が
何も知らないってわけには行かないから。

「……。想像を絶する難治療だってことを、毎日思い知らさ
れてるわ」

やっぱりか……。

伯母さんが、くたっと首を垂れた。

「いや、佐保ちゃんは、妹尾さんのカリキュラムは順調にこ
なしてる。恩納さんのケアは献身的だし、りんちゃんも伴野
さんもすっごく上手に接してる。相変わらずぎごちないのは
私だけ」

あはは……。

「佐保ちゃんは、私たちの差し出した手をちゃんと取ってく
れるようになった。それはいいの」

「はい」

「でもね」

伯母さんの表情が、ぐんと厳しくなった。

「時間が……ないの」

思わず、しゃらと顔を見合わせた。

「あの、どういう意味ですか?」

しゃらがおずおずと尋ねる。

「今のケアスタッフの中では、りんちゃんがムードメーカー
なの。彼女だけが、あちこち抜けてる。天然なんだよね」

「あ!」

しゃらが、ぱかっと口を開けた。

「そ、そっか!」

「でしょ?」

「はい……でも、りんは進路が」

「そう。来年早々東京に行っちゃう。うちを退去するの。そ
れだけじゃないよ」

伯母さんが、いらいらしたように何度も首を横に振った。

「伴野さんの受験態勢は、ちゃんと整えてあげないといけな
い。恩納さんも、学期末は試験やレポートで忙しくなる。妹
尾さんには、最初から一年限度ってことで無理なお願いを飲
んでもらってる」

「……」

「全てが期限付きのケア。最初の滑り出しが順調だっただけ
に、先が見えないのはどうにもしんどいの」

「そうか……」

「佐保ちゃんの年齢が年齢だから、本当なら助走だけ手伝っ
て、あとは彼女の自主性に任せたい。でも、その自主性が本
当に出来上がるまでには、最低でも数年はかかる」

「うわ」

僕もしゃらも絶句してしまった。





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