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三年生編 第82話(2) [小説]

さっき部屋を出る時も下に降りてからも、母さん以外の気配
がない。つーことは、実生は外に出たか。

「実生はバイトに出たん?」

「そう。がんばってるわよ」

「だよね。ウエイトレスはあいつに合ってると思うよ。好き
かどうかはともかく、実生は性格的にサービス業向きだよな
あ」

「まあね。でも、私はそっち系には行って欲しくないなあ」

「どして?」

「いいように使われるからよ。わたしみたいに、場面に応じ
てがっつり反撃出来ればいいけどさ。実生は我慢して抱え込
んじゃうからね」

「確かにね。でもさ」

「うん?」

「どんな仕事をしても、結局実生の人の良さは使われるよ」

「……」

「それなら、きっちり自己主張出来るように鍛えた方がいい
し、あいつもそれは分かってるでしょ」

「そうかな?」

「そう。僕は心配してない。そんな、いつまでも小さな子供
のままじゃないって」

「ふうん」

「それよか。母さんが心配し過ぎて抱え込んじゃわないよう
にしないと、共倒れになるよ?」

「ちぇ。分かったようなこと言っちゃってさー」

「あはは。まあね。でも」

僕は、窓の外の青空に目を移した。

「実生は進路を決める時、きっとここを出たいって言い出す
と思うよ」

「どして?」

「ここは居心地が良過ぎるんだ。守られることが当たり前の
ように思えちゃう」

「なるほどね。いっちゃんは?」

「本音を言えば」

「うん」

「ずっと家に居たいよ。ここにいると、一番自分らしくいら
れる」

母さんが、ふっと笑った。

「だからこそ、そういう場所や空気は自分で作れるようにし
ないとさ」

「ほー」

「それが……僕が勘助おじちゃんから受け取ったものだと思っ
てる」

すうっと母さんの首が垂れた。

「親の優しさ。先生や先輩の厳しさ。そういうのとは別に、
おじちゃんからもらえたものがあるんだ。なんでも許すって
いうのとは違う。あるのを認める……っていうか。そういう
おじちゃん独特の空気」

「分かる」

「それはおじちゃんだけのもので、僕らが真似しても出来な
いよ。でも、そういう人ぞれぞれの個性っていうか、空気感
みたいなのって、誰かの庇護や影響があるとうまく出せない
んじゃないかって、そう思ったんだ」

「あ。それがさっきの話に繋がるのね」

「うん。自立とか、反発とか、そういうの以前に。自分てな
んだろなーって。そういうのは、誰かの強い影響がない方が
探しやすいんちゃうかなって」

「実生もそう考える?」

「どうだろ。でも、実生はしゃらをよーく見てるんだよ」

「ふうん」

「しゃらは、見かけ以上に独立志向が強いの」

「ええっ!? そうなの?」

それは、母さんにはすごく意外だったんだろう。

「もし、しゃらに家庭の事情がなかったら、必ず家を出てた
と思うよ」

「知らなかった……」

「しゃらは、優柔不断でお父さんに反発しきれなかったお兄
さんの情けない姿をよーく見てる。ああいう風には絶対なり
たくないんだ」

「そうか。うん」

「でも、しゃらがお母さんのサポートをしないと家が壊れ
る。自立と家族の二択なら、家族を守るしかないんだよね」

「うん」

「しゃらは、自分の家庭の事情はよく分かってるさ。でも、
独立を諦めたわけでもない。だから……チャンスがあればい
つでも飛び立てるようにって、資格を取ろうとしてるんだと
思う」

「さーすがー。いっちゃんも、よく見てるね」

「ははは。さすがにこれだけ付き合いが長いとね」


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