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三年生編 第82話(1) [小説]

8月17日(月曜日)

父さんは、昨日の夜遅くに帰ってきた。そして、僕らには何
も言わなかった。
それだけで……昨日のお通夜がどういう雰囲気だったのか分
かってしまう。

勘助おじちゃんが亡くなって悲しいという以前に、トラブル
の渦中にある信高おじちゃんたちにどう接していいか分から
ないっていう、遠慮ととまどいが強かったんじゃないかと思
う。

勘助おじちゃん。
父さんにとっては父親代わりだと言っても、僕や実生にはお
盆の時にしか会えない親戚の人に過ぎない。

それなのに僕らが茫然自失の状態になっちゃうほど大きなダ
メージを受けてるのは、僕らにとって勘助おじちゃんが絶対
に揺るがない防波堤になってたってことなんだろう。

父さんが学生だった時と違って、勘助おじちゃんが僕や実生
に直接何かしてくれたわけじゃない。
でも、勘助おじちゃんはどんな時でも絶対に僕らを批判した
り責めたりしなかったんだ。

まあ、なんとかなる。
なるようになる。そんなもんだ。
いつもそう言った。

ものごとをネガに捉えない包容力やおおらかさ、懐の深さ。
それは……勘助おじちゃん天性のものなんだろう。

僕や実生は、直接勘助おじちゃんに寄っ掛かったんじゃない。
勘助おじちゃんに会うと、世の中には自分たちを受け止めて
くれる人と場所が必ずあるんだって安心出来たんだ。

勘助おじちゃんの海のような包容力。
僕らだけじゃなく、信高おじちゃんやたくさんのまたいとこ
たちも、これまでそこにすっぽり包まれていて。
だからこそ、みんな喪失感が激しい。

要の勘助おじちゃんが欠けたことで、これまで保たれていた
工藤のウエルカムな雰囲気が薄れてしまうのは……悲しいな
と思う。

でも、僕らは今を生きている。
失ったことを嘆いているだけじゃ、どこにも進めない。
事態が落ち着いて勘助おじちゃんの偲ぶ会が行われるまでの
間に、自分を立て直さないとならない。
きっと、信高おじちゃんも健ちゃんもそう思っているだろう。

「ふう……」

おとついも昨日も、勉強が手に付いてない。
このままじゃ、自腹を切って夏期講習を受けた意味がなくな
る。そろそろ僕もペースを取り戻そう。

勘助おじちゃんのことを忘れるわけじゃない。
おじちゃんからもらった安心感を……今度は僕が自力で作っ
て、必要な人に分けてあげないとならないんだ。
それなら、まず自分がしっかりしないと。

それが……僕が真っ先に出来る勘助おじちゃんへの供養にな
るはずだ。


           −=*=−


午前中は、集中して机に向かった。
まだ時々悲しみの波が打ち寄せてきて、意識がふわふわする
ことがある。

でも、夏休みの後半戦にはまだ重要なイベントが残ってる。
伯母さんの連絡次第で、田中っていう人に面会しに行かない
とならない。その日は、面会だけで一日終わるだろう。

他にもしゃらの家のサポートのことがあるし、勉強のスケ
ジュールにめりはりを付けて、出来る時にががっとこなさな
いとどんどんダレる。

「ううー、腹減ったー」

12時半までノンストップで引っ張ったんだけど、そこでエ
ネルギー切れ。
何か食べようと思ってリビングに降りた。
リビングは静かだったからみんな出かけてたんだと思ったん
だけど、母さんがソファーに座ってぼやーっとしてた。

「あれ? 母さん、今日は出じゃなかったの?」

「今日はオフよ。でも、家の中のことをする気力がなかなか
出てこなくてさ」

「うん……そうだよね」

「昼は、備蓄のものを適当に食べて」

「母さんは?」

「わたしはもう食べた」

「そっか。じゃあ、外で食べてくるわ」

「まあ、贅沢な!」

「せいぜいリドルでセット頼むくらいだよ」

「それだってワンコイン以上にはなるんでしょ?」

「まあね。でも、どっちみち中庭も見回ってこないとならな
いし。ついでさ」

「ふうん……」





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