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三年生編 第81話(5) [小説]


「あら、いつきくん。散歩?」

ぼーっとしたまま会長の家の前を歩き過ぎたら、大きなお腹
を抱えた会長に呼び止められた。

「こんちわー。気分転換です」

「上に行ってきたの?」

僕が手にしていた小枝が目に入ったんだろう。
会長が、枝を指差しながら聞いた。

「はい。いつものコースだとつまんないかなーと思って、初
めて奥の方まで行ってみました」

「へー。わたしもそっちはしばらくご無沙汰だなー。で、そ
れは?」

「いや、おもしろい花が咲いてる灌木があるなーと思って」

「クサギじゃない?」

「クサギって言うんですか」

「そう。臭いでしょ」

それで、臭木かあ。納得納得。

「でもこの花、どっかで見たことがあるような気がしたんで
すよね」

「ゲンペイカズラに似てるでしょ?」

あっ! 

「そっか! それでかあ」

「同じクマツヅラ科だからね。クサギ属の木には園芸植物が
多いわよ。ゲンペイカズラ、ブルーエルフィン、クラリンド
ウ、ボタンクサギ……」

「ユニークな花ですもんね」

「クサギは園芸用に育てられることはないけど、観賞価値は
高いと思う。花も素敵だし、花の後に実る瑠璃色の果実もき
れいよ」

「そっか。また見に行かなきゃなあ」

「実は、すぐ鳥の餌になっちゃうから競争ね」

会長が、ぱちんとウインクした。

「それとね、クサギは食べられるの」

「ええええええっ!? うそお!」

こんなに臭くてまずそうなのに?

「うそじゃないわ。若芽を茹でてから、干して保存するの。
その間にほとんど臭さは消える。苦味が少し残るけどね」

「へー、知らなかった」

「もちろん、おいしいからどんどん食べなさいってことには
ならないわ。でも栄養価は高いし、身近にあって保存が効
く。備蓄食としては優秀ってことね」

「うう、どんな味がするんだろなー」

「菜飯をご馳走になったことがあるけど、そんなに変な味
じゃなかったわよ。ちょっと硬いホウレンソウって感じだっ
たかなあ」

「うわ、会長は食べたことあるんすか?」

「もちろん」

会長が、僕をじろっと見据えた。

「花がきれいだのなんだの言えるのは、食べる苦労がないか
らよ。貧乏や飢饉で食べるものに事欠けば、それどころじゃ
ないわ」

「……」

「強い毒を持ってるヒガンバナの球根やソテツの実だって、
昔の人は飢饉の時に毒抜きして食べてたの。いくら臭いって
言っても、毒のないクサギは食料としては上等品でしょ」

そっか……。

「味や臭いに癖があっても、毒さえなければ調理を工夫して
利用出来る。表に見える部分だけで拒否したら、中の財宝を
逃すかもしれないよね」

「そうですね」

見かけだけで判断するな……か。
確かにそうなんだよな。

おっと、時間が押してきた。

「じゃあ、これで失礼します」

元のにこやかな表情に戻った会長が、ひらっと手を振った。

「またね。いつきくん」

「はあい」



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