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三年生編 第79話(3) [小説]

もともとひょうひょうとしててあまり感情が表に出ない行長
さんだけど、今はいろんなことが安定しているんだろう。
表情が本当に穏やかだった。

そりゃそうだよね。
糸井先生の方は、両親との関係が薄くなってプレッシャーが
ぐんと減った。
行長さんの方は、橘社長とお母さんが穂積さんのサポートに
動き出してる。

年明けくらいの一番ごたついてた頃に比べたら、今は本当に
落ち着いてるんだと思う。

「ねえねえ、行長さん。先生とはうまくやってます?」

「ははは。まあ、どこまでも直球のみさだからねえ。最初は
でこぼこありましたけどね」

「やぱし」

「でも、好きになった同士の結婚だからね。落ち着くところ
に落ち着きますよ」

「あはは。さすが行長さん」

「僕もみさも、親とのごたごたがかなり整理できた。そこが
一番楽になったかな」

「そっかあ。先生の方のご両親とは、まだ連絡が取れない状
態なんですか?」

「いや、みさは一応所在の把握はしてるみたい。でも、みさ
自身が突き放してるからね。これ以上わたしに迷惑かけない
でって」

だよなあ……。
あまり人のことを悪く言いたくないけど、あの二人はほんと
に外道だから。ぶつぶつ。

「うちの親は猛勉強中です。これまでの経験や知識なんか何
の役にも立たない。謙虚に一から勉強しないと、穂積のサ
ポートなんか絵に描いた餅に終わりますから」

「うわ……」

「でも来春の開院に向けて、今のところは順調に来てます。
これで穂積の受け皿が出来る」

「ふう。一歩前進になりますね」

「そう。ただ……」

ずっと穏やかに話をしていた行長さんの顔が、急に曇った。

「肝心の穂積の状態があんまり上向いてないんです。巴さん
からは、そういう報告を受けてます」

「ううう、そっかあ」

「無理もないよ。病的な逃げ癖は生まれつきだから、一朝一
夕には改善しない。その上、仕事、実家や家族、友人……み
んな失ってしまって、喪失感がひどいんだよね」

「うん。分かります」

「どこかに浮上のきっかけを与えられるキーマンが要るんだ
けど、両親にはまだそこまでのキャパはないし、穂積のこと
をよく知らない第三者には、その人がたとえプロでも担えな
いんです」

「え? どうしてですか?」

「信頼関係がうまく築けないから」

「あ、そうか。自分の中にこもってしまった穂積さんの中に
強引に入り込む必要があるけど、そうする人は穂積さんから
見て侵略者に見える……ってことですね」

「ほー、うまい表現だなあ」

「いじめられてた中学の時の僕が、まさにそうでしたから」

「……」

「一度閉じこもってしまうと、自分の親や妹ですら僕の中に
入れなくなるんですよ」

「なるほど……ね」

残っていたおかずをがさっと掻き込んだ行長さんが、箸をこ
とんと置いて目を瞑った。

「あいつのサポーターとして一番適格なのが、僕だっていう
のは分かってんだよね。でも、僕は兄貴に過ぎない。しかも、
みさと所帯を持ってるんです。あいつの人生を担う責任はも
う負えない」

「……」

「もし、半端に手を出して穂積に倒れ込まれたら、不幸の拡
大再生産をしてしまいますから」

「ですよね……」

「縁を切るつもりはないけど、穂積がちゃんと立ち直るまで
は徹底的に距離を置くしかないんです」

「それは、先生には?」

「もちろん伝えてあります。僕は優柔不断じゃない。あっち
もこっちもは出来ない」

行長さんは、きっぱり言い切った。
もちろん、喜んでそうするっていう話じゃない。
まさに断腸の思いだろうな……。





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