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【SS】 忘れること、忘れないこと (阿部明衣) [SS]


ああー……。
まあた、やっちゃった。

買い物に行くたびに、買い物かごの中に同じものを何回も入
れちゃう。
レジ列に並んで、買い忘れがないか確かめてる時に気付くん
だよねー。同じものが二個、三個って入ってるって。

わたしはバカで買うものを覚えてられないから、メモは必ず
書く。
でもそれ見ながら買っても、かごに入れたっていう記憶が残
んないんじゃ……。
支払いする前に気付いてるからまだいいけど、恥ずかしいっ
たらありゃしない。

はあ……。
ほんとにやんなる。
こんなんで、わたしこれから大丈夫なんだろか?

榎木さんには大丈夫だって言われてるけど、自信がない。
わたしだけのことならいいけど、ゆうちゃんに迷惑かけらん
ないからなー……。


           −=*=−


買い物から戻って、急いで外出の支度をする。

「あら、めいちゃん、これからデート?」

出がけに榎木さんのチェックが入った。

「はい!」

「いいわねー。うちのナメクジ娘にも、少し塩かけといてちょ
うだいよ。あんなぐだぐだなら、いつ相手が掴まるか分かん
ないわ、もうっ!」

「榎木さーん、ナメクジに塩かけたら溶けちゃいますー」

「あっはっは!」

わたしは榎木さんに手を振って、走って家を出る。
夕方からまた家事しなきゃなんないから、ぐずぐず出来ない。

多賀崎のバス停の手前で、ゆうちゃんが車を停めて待ってて
くれてた。

「ごめんねー、ちょっと遅くなっちゃった」

「いや、作業だったんだろ?」

「うん。それと買い物あったから」

「え? おまえ、車の免許持ってたっけ?」

「ないよー。無理無理、あんなの絶対覚えらんないもん」

「じゃあ、バスでか?」

「いや、原チャリの免許取ったの」

「おおっ!!」

ゆうちゃんがのけぞって驚く。

「すっげえじゃん!」

「うん。やっぱトライしてみるもんだねー」

そうだよなー。
何も覚えらんないって言ってた頃に比べたら、わたしは最近
少しずつ記憶力が上がってきてる気がする。
めいちゃんだけじゃなくて、誰でもアタマは使わないとすぐ
だめになるんだよって、榎木さんに言われたのがよく分かる。

でも、ゆうちゃんの誕生日をころっと忘れてたんだよなー。
泣きそうになっちゃった。

「めい、どっかリクエストあるか?」

「ううん、ゆうちゃんが行きたいとこならどこでもいい」

「ラブホでも?」

「んもうっ!」

「ぎゃはははっ!」

最近、ゆうちゃんの突っ込みが激しい。
でも最初はお互いに緊張しまくりだったから、こういう冗談
が言い合えるようになったのはすっごい嬉しい。

わたしがゆうちゃんに告った時、ゆうちゃんは最初渋った。
俺はきっとつまんねえよって。

でも……ゆうちゃんは絶対にわたしをバカにしなかった。
どんなにわたしが忘れんぼうのばかったれで、約束忘れたり、
しくじったりしても絶対に怒らなかった。
そして……仕事に対してだけじゃなくて、わたしに対しても
すっごい辛抱強くて、まじめだった。

わたしは……嬉しかったんだ。
ゆうちゃんがちゃんとわたしの方を向いてくれてるってこと
が、本当に嬉しかったんだ。
だから引っ込み思案のわたしなのに、ゆうちゃんには思い切
り突っ込んだと思う。

最近それを……ゆうちゃんがきちんと受け入れてくれるよう
になってきた。
わたしはそれが、すっごい嬉しい!

ちょっと考え込んでたゆうちゃんが、わたしにぼそっと聞い
た。

「じゃあ、寺見にいっていいか?」

「いいよー」

わたしの返事を聞いて、安心したようにゆうちゃんが車のエ
ンジンを回した。

なんでデート先がお寺なのって。
普通は、そう思うんだろうね。

でもゆうちゃんも、自分自身のことをバカだと思ってる。
だから、親方が仕事で行くとこだけ見てたんじゃ庭の仕事は
覚えらんないって。そういう思いがすっごい強い。

ゆうちゃんは親方に、センスは自分で鍛えろって突き放され
てるらしい。
だからオフの日も、庭が有名なとこを見て回ってるって言っ
てた。
写真を撮ったり、スケッチしたり、いろんな庭の印象を自分
に刻み付けようとして、必死になってる。
わたしは、ゆうちゃんのそういう前向きな姿勢が大好きだ。

見て、覚えて、忘れないこと。
それは……わたしもおんなじなんだよね。

すぐに忘れちゃうわたしでも、絶対に忘れちゃいけないこと
がある。
忘れそうになったら、何度でも思い出さないとなんない。

もちろん、全部はとっても覚えらんない……けど。

でも。
リョウさんや工藤さん、榎木さんにとってもよくしてもらっ
たこと。
わたしだけじゃなくて、みんなもすっごいがんばってるんだっ
てこと。

そして……。
苦しいこと、辛いことは忘れても、楽しいこと、嬉しいこと
はしっかり覚えなきゃだめだってこと。
それは忘れないで、心に刻み込むってこと。

そうすれば。
いくら忘れんぼうのわたしでも、きっと無理しなくても生き
てけるんじゃないかなって思う。

ゆうちゃんと一緒に……。

「めい。帰りに海に寄ろっか。そこで、なんかうまいもん食っ
てこうぜ」

ゆうちゃんがそう言って、おんぼろ軽のアクセルをぐんと踏
んだ。
にぎやかに騒ぎ出したエンジンの音に負けないように、わた
しは両手を突き上げて思い切り叫んだ。

「わあいっ!! ぃやったあーっ!! 海だあっ!!」




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(補足)
めいちゃんこと阿部明衣は、掃き溜め高校の異名を持つゴナ
ンこと五葉南高に通っていた高校生でした。優しい性格で、
まじめで気が利くいい子なんですが気が弱く、小さい頃から
パシリに使われ、迫害を受け続けました。それが元で、記憶

障害を患っています。
本人は自分のことをバカと言っていますが、脳の怪我に近い
ですね。記憶障害だけでなく、左手と左耳にも集団暴行され
た時の怪我の後遺症が残っています。
現在は高校を通信制に変え、花農家の榎木さんのところで住
み込み作業員として農作業や家事を手伝いながら、自立の

法を模索しています。高三の十八歳。


めいちゃんのお相手さんは、尾花沢造園の若い職人さんであ
るゆうちゃんこと山崎勇(いさむ)。めいちゃんの二つ年上
のはたちです。
彼もまたゴナンでのパシリ扱いに耐えきれず、高校をドロッ
プアウトして尾花沢さんのところに飛び込みました。髪を派
手に染めていて見た目はちゃらいんですが、口数が少なくて
とてもまじめ。仕事にも非常に熱心で、親方が跡継ぎにする
べくきっちりしごいています。

 

 


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コメント 4

macinu

いや~私もスーパーで同じ物買っちゃうんですよね~!なんか自分のことを書かれてるような感じです~!(^O^)
by macinu (2013-04-01 00:43) 

C_BoY

初めまして。
「あるいる」さんのコメント欄からたどり着きました。
文章のみずみずしさ、語り口、リズム・テンポが素晴らしいですね。
引きずり込まれました。気の利いた感想の言葉が浮かばないんですけど・・、ロード・ムービーを観てるような感じになりました、森田芳光がロード・ムービー撮ったらこんな感じ?、あの演出してないんじゃない?な生成りな映画のようなみずみずしさとテンポを感じました。
「おんぼろ軽のアクセルをぐんと踏んだ」ここ凄く効きました自分的に。
ボクだったら「0.6リットルのスズキのアクセルが床にへばりついた」にしちゃうな、矢作俊彦みたいに、なんて思っちゃったりしました。
前のエントリに貼ってあったジョー・ジャクソンも好きなんですよ。
イギリスのミュージシャンに散見する「鼻づまり・蓄膿症ボイス」ですよね。「A Slow Song」なんて声だけじゃなく、曲調もエルヴィス・コステロと区別つかないじゃん?って思います。
by C_BoY (2013-04-01 09:30) 

水丸 岳

>macinuさん

コメントありがとうございます。(^^)

わたしもよくやります。
そのたびに、かみさんに雷を落とされますわ。(^^;;

「ええやん。腐るもんやあるまいし」

「腐るわ! だあほ!」

へーい。

by 水丸 岳 (2013-04-01 22:33) 

水丸 岳

>C_BoYさん

コメントありがとうございます。(^^)

SSは、主人公以外の登場人物の視点で描きますの
で、それぞれ語り口や文体が変わります。
いろんなタイプの文章を書く練習も兼ねてます。(^m^)

ちょっくら変なモチーフも出てきますが、お読みいた
だければ幸いです。(^^)

ジョー・ジャクソン。
俺はパンカーじゃねえよ。あんなのと一緒にしないで
くれとむくれてるパンカーでしたねえ。(^m^)
でも、彼の音楽センスは本当に上等だったと思い
ます。Night And Dayは擦り切れるくらい聴きました。

by 水丸 岳 (2013-04-01 22:47) 

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