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一年生編 第153話(4) [小説]

少し暖かくなった風を頬に受けて、ちゃりを飛ばす。
二人は歩きかバスだろうから、少し時間に余裕がある。
ちょっとスーパーに寄って買い食いしてこう。

スーパーの中をぐるっと回ってると、お総菜のコーナーの横
から、とんでもなくいい匂いが漂ってきた。
肉の焼ける匂い。焼き鳥かなあ。

ぐーう。
お腹が鳴る。

そういえば、前から焼き鳥のコーナーはあったけど、焼いて
るおじいさんがとろとろしていて、ぱさぱさかべちゃべちゃ
で全然おいしくなかった。

こんないい匂いしなかったし。
担当の人が変わったのかなあ。

香ばしい匂いに誘われて、お客さんが焼き上がった焼き鳥の
入ったパックに次々手を伸ばす。

その場で熱々を買って、ぱくついてる人もいる。
僕もそうしよ。

「すいませーん」

「はーい、ちょっと待ってねー」

あれ? どっかで聞いた声だなあ。
紺の作務衣を着たおばちゃんが、汗塗れの顔をこっちに向けた。

げげーっ!!
りんの……お母さんじゃん。

「何にします?」

向こうは、僕のこと覚えてないのかなあ。

「ええと、正肉の塩とタレ一本ずつ」

「あいよっ! 一本八十円ね」

いい感じに油をぱちぱち跳ね上げてる串が二本、紙皿で渡さ
れる。

「あちちっ!」

さすが焼きたて。

ほふほふ。
うわ、めっちゃうまい。
前とはダンチだ。

うーん、ご飯欲しくなっちゃった。
かえってお腹空いたかも。

僕が食べてる間に少し人だかりがさばけて、一息って感じに
なった。

「ふう」

額の汗を拭ったおばさんが、僕の方を向く。

「学校帰り?」

「はい」

「そんなんじゃ足りないでしょ。育ち盛りだし」

「小遣い自力なんで、あんま食べ物で使えないです」

「ありゃ。がんばるねえ」

にこっと笑った。

僕の後ろから、お客さんが注文を出す。
おばさんが、焼き上がったのを手際良くパックにまとめて手
渡す。

邪魔しちゃいけない。
僕は、静かに売り場を離れた。

スーパーの入り口近くに、春物の花苗が並んでる。
ささっとチェックしよう。

花弁の先がピンクになってる小さい花が、鉢土にぺたりと張
り付くように咲いてる。
派手さはないけど、可憐でかわいいなあ。

ええと。
クモマグサか。
どんな字を書くんだろ?

あ、いけない。
かっちんたちを待たしちゃう。

ちゃりを飛ばしてリドルに行く。

二人はもう店に入って、席に着いてた。
今日は店は空いてる。

二人は、暇そうな美琴さんにぎっちりイジられていた。
僕の顔を見たかっちんが悲鳴を上げる。

「いっきぃ、この横暴ウエイトレスを何とかしてくれー!」

「は? どした?」

「おれたちを夫婦扱いしてイジるんで、たまらん」

にゃるほど。

「まあまあ。イジらしときゃいいじゃん。反応するほど増長
すんだから」

「げえ」

なっつも、うんざりした顔してる。

ミルクティーを頼んで、かっちんの横に座る。

「さて」

「ん?」

かっちんが、なんだあって感じで振り向く。

「ねえ、かっちんも、なっつも気付いてる?」

首を傾げるなっつ。

「え? 何に?」

「入学した時に、この三人で盛り上がったじゃん」

「うん」

「でも、学校外でこうやって三人だけになったのは、今日が
初めてなんだよ」

「あっ!」

かっちんとなっつが同時に驚いた。

そうなんだよね。
僕は、あの後すぐにしゃらと絡むようになっちゃったから、
この三人だけって機会がなくなったんだ。
どんどん友達が増えたし。

「だから、二人に言おう言おうとしてたことが、なかなか言
えなくてさ。それで今日来てもらったってわけ」

二人が不思議そうな顔してる。

「今日、なっつがロングホームルームの時に言ったじゃん。
上辺だけでなくて、本心を出す。その良さも、辛さも分かっ
たって」

「うん」

「僕が二人に出会えて一番良かったと思ってるところは、そ
こさ。かっちん、なっつには、時に僕にとって痛いこともず
ばっと言ってもらえた。僕は、それを糧にして自分を直して
これた」

「僕は本当に二人に助けてもらった。だから、そのお礼の代
わりに、二人にどうしても言いたいことがある」

隣のかっちんの方を向く。

「まず、かっちんへ。かっちんは僕のことなんか言えない。
すごく、ポーズが多い。自分がタフで傷付かないっていうふ
りをする。本当はシャイで、内気だってことをごまかすため
にね」

「鈍感な人は、僕の抱えてる傷や矛盾には気付かない。それ
に気付いて助言をくれたってことは、それだけかっちん自身
が繊細だってことだよ。だから、肝心な時には腰が引ける。
パワーあるのに、勇気の出し惜しみをしたらだめだよ」

かっちんがうつむいた。

今度はなっつの目を見て話す。

「なっつへ。なっつも同じさ。ものすごく臆病で、自分の気
持ちをダイレクトに出すことを恐れる。自分の中に踏み込ま
れることも嫌がる。だから、がさつを装う。照れ隠しで、つ
い手が出ちゃう」

「好き嫌いの表現もねじれてるよね。好きな人はど突き、苦
手な人には言葉で壁を作って丁寧に対応する。なっつが今日
言ったことは願望にすぎないよね。実際は出来てないでしょ」

なっつが何か言おうとするけど、言葉にならない。

「僕は、最初に会長に言われた。自分の気持ちを正直に表現
しろって。そうしないと、僕は誤解されて、また孤独を味わ
うことになるって」

「死ぬほど孤独だったことがある僕は、それだけは絶対に嫌
だった。だから、必死に努力した。かっちんやなっつの力を
借りて。だから、二人にはとても感謝してる。でもね、考え
てみたら僕らが最初に意気投合したのは、とても不思議だっ
たんだ」

黙り込む二人。

「僕は、タイプとしてはしのやんみたいなタイプ。目立たな
くて、自己主張も穏やか。みんなの中に埋没しちゃう。かっ
ちんやなっつの外に見えてる部分が中身と一致してたら、僕
とすぐに友達になるなんて絶対になかったはずなんだよ」

「分かる?」

二人はうつむいたまま。

「そう。僕らは良く似ていたんだ。自分の本当の気持ちを隠
して、上辺を繕う。そういうところがね。だから、引き合っ
たんだ」

ふう……。

「ねえ、かっちん、なっつ。僕は二人を親友だと思ってる。
だからこそ。今は、きついことを言わせてもらう。僕もそう
してもらったから」

「思ってることは、言葉にしないと伝わらないよ。それが、
どんなに言いにくいことであってもね。抱え込んだままの想
いは腐っていく。想いだけでなくて自分自身まで腐らせてい
く。御子柴先輩は、そう言って最後に勇気を振り絞った。想
いを言葉にした。そして伝えた」

「かっちん。なっつ。自分の心をちゃんと言葉にして。それ
をちゃんと口に出して。まだ整理し切れてなくたっていいじゃ
ん。それがホントなんだから。本心からの言葉なら誤解は解
けるし、次のステップに進める」

僕はテーブルの上の伝票をまとめて掴んで、美琴さんに渡した。

「じゃね」

うつむいたままの二人に手を振って、レジに行った。
美琴さんが、行けの仕草。

へ?

「今日はわたしがおごるよ。いつも来てくれてるし」

「なんか悪いなあ」

「まあ、わたしがいじってもうまくいかなかったからね。そ
のお礼もある」

「……」

美琴さんは、いつもとはちょっと違う穏やかな笑いを浮かべた。


           −=*=−


家に帰ってから、園芸図鑑でクモマグサを調べた。

雲間草、かあ。
花の色から見て、日本のじゃなくて外国のみたいだな。

高山の岩陰で、雲の隙間からこそっと顔を出すようにひっそ
り咲く花。
花弁の先の薄桃色は、心の内を知られたことへの恥じらいだ
ろうか?

本をぱたりと閉じて、一つ溜息をつく。

「かっちん、なっつ。僕ができるのは、ここまでだからね」




kum.jpg
今日の花:セイヨウクモマグサSaxifraga rosacea


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コメント 13

まる

 こんばんは。
言いたいことが言い合える、
親友っていいですね。
by まる (2012-03-10 00:44) 

koume

今日 親友に裏切られる夢をみて悲しくなって
目覚めました(TT)

でも、言いたいこともいえて、仲がいいのが
親友なのかもしれませんね^^
by koume (2012-03-10 09:33) 

jewel

雲間草、去年購入しましたが
私の管理が悪かったらしく
あっと言う間にいなくなりました(涙)

by jewel (2012-03-10 12:00) 

くまら

セイヨウクモマグサって言うんだ
by くまら (2012-03-10 18:51) 

水丸 岳

>まるさん

コメントありがとうございます。(^^)

似た者どうし。一年前のいっきなら、友達を失う
ことを怖れて言えなかったかもしれませんね。
目に見えてというわけではないんですが、ゆっくり
と彼も成長しています。(^^)
by 水丸 岳 (2012-03-10 21:46) 

水丸 岳

>koumeさん

コメントありがとうございます。(^^)

心を許すっていうのは、なかなか簡単には行かな
いかなあと思います。
そこをクリアできる本当の友っていうのは、そん
なにいないのかもしれませんね。(^^;;
by 水丸 岳 (2012-03-10 22:11) 

水丸 岳

>jewelさん

コメントありがとうございます。(^^)

クモマグサは元々高山植物なので、日本の高温多湿
な夏は大の苦手。洋種の方が若干強いですが、梅雨
からお盆過ぎまでの酷暑期を乗り切れずに枯れる
のは、仕方ないかもしれません。(^^;;

わたしも夏越しさせる自信がないので、手を出した
ことがありません。(^^;;

by 水丸 岳 (2012-03-10 23:41) 

水丸 岳

>くまらさん

コメントありがとうございます。(^^)

真冬から春先にかけて、よく出回ります。
派手さはないですが、可憐ですよ。(^^)
by 水丸 岳 (2012-03-10 23:42) 

さきしなのてるりん

雲間草と心の解放と重ね合わせたのですね。
by さきしなのてるりん (2012-03-11 23:22) 

さきしなのてるりん

あ、ここも、ナイスが入らない。コメント送ればナイスボタンが出ると思ったのに。これを送ってもボタンが出なかったらあしからず。
by さきしなのてるりん (2012-03-11 23:24) 

ラブスコール

153の3のホームルームの先生の言葉にも
共感することがいっぱいでした^^
by ラブスコール (2012-03-12 17:46) 

水丸 岳

>さきしなのてるりんさん

コメントありがとうございます。(^^)

低い草丈、控えめな花、そして花弁の先のほのかな赤み。
シャイな二人の心模様を重ね合わせてみました。(^^)

niceボタンは気になさらないでください。
記事の読み込みが完全に終わるまで、出ないことがまま
あります。(^^;;

by 水丸 岳 (2012-03-12 23:06) 

水丸 岳

>ラブスコールさん

コメントありがとうございます。(^^)

ぽんいちは、尖った子の少ないのんびりした高校。
でも、裏返せば素直で従順な子が多いとも取れます。
それは人生の荒波を乗り越えて行く上で、必ずしも
利得になりません。

大野先生は彼らに、何かを容易に絶対視せずに、
自他を客観視する目を養えという重い課題を残しま
した。(^^;;

金言はないという金言。
これも自己矛盾なんですけどね。(^m^)

by 水丸 岳 (2012-03-12 23:11) 

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