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一年生編 第153話(3) [小説]

全員の発言が終わって、先生が満足そうにうなずいた。

「なあ、みんな。最初に俺が言ったことを覚えているか?」

「みんな、それぞれ違う。それを認めて前向きに捉える。そ
れが高校生活を楽しく送るコツだ」

「俺が言ったことを、これほど忠実に守ってくれたクラスは
これまで一つもない。でも、それが出来ない方が当たり前な
んだ。だから、俺は嬉しい反面、怖さも感じてる」

「ちょっと考えてくれ。入学の時には緊張してたから、俺の
言葉を素直に受け止めたと思う。でも、俺の言ったことには
矛盾が含まれてる。誰か分かるか?」

みんなが首を傾げる。

しのやんが手を挙げた。

「篠崎、分かったか?」

「はい。お互いに違うということを意識すればするほど、そ
れを認めるのは難しくなります。一緒にやろうっていうのは、
誰かの意思を曲げることになります。自分を曲げたくなけれ
ば、人の意思を無視するか反発するしかない」

「……うん、よく分かったな」

先生は、僕らをぐるっと見渡した。

「俺がおまえらに渡す最初のメッセージはそれだ」

「人生は方程式じゃない。解は一つじゃない。どんな金言に
も、裏や矛盾がある。絶対ってのはない。指導や助言を鵜呑
みにするな。自分の頭で考えろ。自分の力で解を探せ。それ
が一つめ」

「篠崎」

「はい」

「じゃあ、俺のアドバイスの矛盾を消す方法は分かるか?」

しばらくじっと考え込んでいたしのやんが、首を横に振った。

「分かりません」

「そうか。誰か他に分かるヤツはいないか?」

みんなが、うんうんうなる。

「ははは、ちょっと難しかったかな。でも、おまえらはそれ
を無意識にやってきたんだぞ?」

ほえ?

「これまでのイベントを考えてみろ。答えなんか見えてる
じゃないか」

うーぶ。なんだろ?
確かに違った意見は出てたけど、それでケンカになったり、
険悪になったりってのはなかったなあ。
どして?

「認めるって部分の解釈を緩くすればいい。全部認める必要
はないんだ」

あっ!

「お互いの重ねられる部分を積み上げて、共通意識を作る。
そこにはみんなの意思が入ってる。反発する必要も、無視す
る必要もない。自分の意志よりも大きくて、高いところにあ
るから、自然に前向きになる。無理する必要がないんだ」

「工藤は、プロジェクトでそのプロセスを踏んでいるから、
よーく分かるだろ」

確かに。

「はい」

「個と集団。その意味をよく考えろ。集団は個の集まりだ。
いろいろなものが入っていないと、集団の意味がない。集団
に入るために、自分を取り崩そうと考えるな。集団は組み立
てるものだ。自分が使える場所、はまる場所を探せ。それは
必ずある」

先生は、すっと息を吸った。

「以上だ」

にこりと笑った先生が、一言付け加える。

「ああ、そうだ。これも言っとこう。オトナになろうとする
なよ」

えっ?

「オトナの定義なんてのはないんだよ」

先生が、そう言って窓の外を見た。

「肉体的なことなら、黙っててもオトナになる。知識を詰め
込めば賢くはなるが、それをオトナとは言わない。心の豊か
な人がオトナか? それならおまえらももう立派なオトナだ」

「俺らはオトナか? そう見えるか?」

みんながうなずく。

「ごまかされるな。自分でオトナだというやつに、ろくなの
はいない。さっきも言ったが、オトナの定義なんてないんだ。
そんなことより、いかに自分がマシになるかをいつも考えて
くれ。それは年齢には関係ない。そういう不断の努力を欠か
さない人が……」

「オトナに見えるんだよ」

先生が教卓をばんと叩いた。

「俺は……本当にいいクラスを持った。ありがとう」

そう言って、深く頭を下げた。

「さあ、これで終わりにしよう。日直」

戸田くんが声を上げる。

「起立!」

「礼!」

先生が教室を出てすぐ。

むっつり顔のかっちんとなっつに声を掛ける。
朝方の二人の間の緊張感は、解消されてない。

「かっちん、なっつ、これからちょっと付き合ってくんな
い? リドルで待ってるから」

顔を見合わせる二人を残して、僕は手を振って教室を出た。



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