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三年生編 第112話(2) [小説]

もやもやは僕自身の問題で、誰のせいにもできない。
でかいエンジンとそれを回す満タンの燃料が揃ってて、で
も点火装置がない。そんな気分。

「なんだかなあ」

ぶつくさ言いながら、学園祭準備のつち音があちこちで響
いている校内を溜息混じりに見渡す。

一年の時には、クラスイベントでもプロジェクトイベント
でも実質中心になって動いた。
自分の中でずっとくすぶっていた巨大なエネルギーに火が
点いて、どこまでも弾け飛んだんだ。
未熟かもしれないけど、達成感とか満足感はマックスだっ
た。

二年の時には沢渡校長とのがちゃがちゃがあったにせよ、
中庭をイベント会場にするっていうアイデアも出せたし、
プロジェクトをうまく回すためのシステム作りに学園祭を
しっかり利用できた。
羅刹門の吹き出し封鎖とかようこの大暴れとか、ヤバいこ
とはいろいろあったけど、それすらも楽しめたんだ。

でも。今年は何もない。
お祭りがくるという事実があるだけで、その真ん中に自分
がいない。
最後の学園祭をいっぱい楽しんでくださいという、えび
ちゃんの煽り文句だけが虚しく心の底にからから転がって
る。

「いかんなあ……」

矢野さんにがっつりヤキを入れてもらったのに、その筋肉
痛が癒えると同時に空虚感がまた押し寄せて来る。

「あ、あれ?」

自分では何も意識していなかったのに、足が自然と中庭に
向かっていて、ぞっとした。

『この中庭は、心が弱っているやつしか呼び寄せない』

中沢先生が猫拾いの時に言ったこと。そのままだ。
羅刹門の吹き出しが封鎖されても、気の流れが悪くて負の
念が集まりやすいっていう中庭の構造は変わっていない。
そうならないようにって、全力で中庭を元気付けてきたの
は僕だったのに。
その僕が中庭に吸い寄せられようとしていた……。

水盤の前で立ち止まり、奥のモニュメントを見据える。

「違うな。中庭が吸い寄せるんじゃない。ここにしか居場
所がないんだ」

お祭りを全力で楽しもうと誰もが張り切っている。
自分だけがその熱を持っていない。
賑やかな校内にいたくないから、ここに足を向けてしまう
んだ。

過去の履歴や好ましくない構造。
僕は、中庭の禍々しさをそれらのせいだと思い込んでいた。
そんな面倒な理由じゃなかったね。

明るく元気になった中庭だけど、きちんと整備されたから
どかどか踏み荒らすことはできなくなった。
僕らにとっては『鑑賞する』空間になったんだ。
それは、中庭と僕らとの間に微妙な距離ができたことを意
味する。

中庭と取っ組み合いをしていた一、二年の時。
中庭はライブステージだった。
裸に戻った中庭とエネルギーしかなかった僕らががちんこ
して、毎日火花を散らしていたんだ。

でも激しい撹乱が治って、中庭は静けさを取り戻しつつあ
る。
それと同時に、僕らはエネルギーを中庭以外にも向けるよ
うになった。
中庭はよく言えば落ち着き、悪く言えば冷めちゃったんだ。

「僕も同じだってか」

もやもやが、むかむかに変わっていった。
中庭を動かしたのは僕なのに、その僕が冷めちゃった? 
それっておかしくない?

中庭のせいじゃないよね。中庭は自力では変われないもの。
全ては僕の変節のせい。自分自身を殴りつけたくなる。

「はああっ」

中庭に背を向けてでっかい溜息を吐き捨て、のしのしと中
庭に踏み入る。

「冗談じゃない!」



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三年生編 第112話(1) [小説]

10月7日(水曜日)

あのあと。
しゃらの家で家族会議が開かれ、伯母さんの手を煩わせる
ことは大変申し訳ないが、現状では則弘さんのケアをでき
る余裕が全くないため、身元を引受けてくださるのは大変
ありがたいという結論になったらしい。
背に腹はかえられないよね。僕もそれしかないと思う。

御園家の意向確認を済ませた伯母さんの行動は、いつもの
ようにとても素早かった。
食い逃げなら被害額はたかが知れてるし、普通なら弁償と
厳重注意で放免になるらしいんだけど、伯母さんはそこに
弓削さんに手を出した前科を並べたんだ。

再犯なら起訴を猶予してもらえなくなる。
窃盗だけでなく強制性交等罪が加算されたら、微罪では済
まない。
再犯は全く反省していないってことだから、裁判官の印象
は最悪になる。
起訴されれば実刑間違いなしだし、短期刑にもならない。

「あんたみたいなへたれが前科持ちになったら、本当にど
こにも居場所がなくなるよ。人生詰んじゃうけど、それで
いいんだね?」

寄生虫として生きるなら、少なくともその虫がひどく悪さ
をしないという前提がどうしても必要になる。
でも則弘さんは、十分ヤバいことをやらかしているのに自
覚が全然ないんだ。
伯母さんは、その矛盾をきっちり突きつけた。

「確かに、ワルにはワルの居場所がある。でも居場所が作
れるのはワルを誇れるやつだけよ。ワルを誇れないチキン
な前科者が潜り込める暗闇なんかどこにもない。鉄砲玉に
すら使えないクズを誰が抱え込むっていうのよ。そんな
の、おん出されたアンタが一番わかってるでしょうに」

タカのどやしすらスルーした則弘さんも、伯母さんの出し
たレッドカードは回避できなかった。
逃げ場がどこにもないことを認めるしかなかったんだ。
ドナドナ状態で、則弘さんの海外島流しが決定。
速攻で、伯母さんのボディガードに両脇を抱えられて中塚
家から強制退去となった。

俺の顔に泥を塗りやがってと、則弘さんを殴り殺さんばか
りの怒りようだったタカも、伯母さんの強権発動には度肝
を抜かれたらしい。
俺らとはスケールが違うと妙に感心していたそうな。

はははのは。

しゃらには言ったんだけど、永久追放じゃないんだ。
互いに落ち着くまでの緊急避難に近い。
その間に、新しい生活に慣れないとね。

中塚家にとっても仕切り直しだ。
タカのいらいら材料がぐんと減って、五条さんはほっとし
てると思う。

ということで。
突発的に発生した則弘さんのトラブルは、さっと潮が引い
た。
その空いたスペースに、ここのところ僕の中でずっとくす
ぶっていたもやもやが、またぞろ流れ込んじゃった。

「うーん……」

確かに会長の言う通りなんだよね。

『プロジェクトの活動を後輩に引き継いだのなら、プロ
ジェクト関係のことはもう思い出アルバムに貼ったら?』

ぐうの音も出ないほど、お説ごもっとも。

でも僕は、まあだもやもやを引きずってる。
理屈の上でどんなに納得しても、心の中の反乱分子が大人
しくなってくれない。

だらしないやつだ。最後まできっちり突っ込めよ。
このぼけが!

喚きながら暴れ回る僕がどこかにいて、そいつを
どうしても抑え込むことができない。

でも、僕が突っ込みたくたって、もう突っ込める場所はど
こにもこれっぽっちも残っていないんだ。
それが最後の学園祭を無心で楽しもうっていう気持ちに冷
水を浴びせる。心が……冷めちゃう。

最後の学園祭に、こんな中途半端な気持ちで突入しちゃう
のは嫌だなあ。



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