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三年生編 第102話(9) [小説]

伯母さんが、ふうっと大きな溜息を漏らす。

「まあ……不幸っていうのにはいろんな形があるんでしょ
うけど。不幸な人にはその自覚がある。自覚がない彼女
は、周囲がどこまでも不幸だと思っているのに、その感覚
が理解できないんです。どうしようもない。就学も途中ま
でしか果たせてなくて、小学校中学年レベルの学力しかあ
りません」

「うわ」

「それでも、うちで寄ってたかって彼女の自我を引っ張り
出す訓練を続けてきて、少しだけ意思が前に出るようにな
りました。勉強も、少しずつ進めています」

ふうっ。それを聞いて。本当にほっとする。
伯母さんも笑顔だ。

「最悪の状況からは脱しつつある。それはいいんですけど」

「社会復帰、ですね」

会長が一発で当てた。

「復帰というのは当たっていないかもしれません。彼女の
年齢なら、まだ親が庇護し、そのガイドの下にいるはずな
んですよ。でも、その親が毒親のままいなくなった。意識
の歪みがすぐに露出するようじゃ、怖くて社会参加させら
れないんです」

「そうか。復帰じゃなく、参加……か」

「ええ」

厳しい表情で、伯母さんが弓削さんを見つめる。

「これまで、あらゆる人から虐げられてきた子です。その
不運はどこかで帳消しにしないとならない。そのためにう
ちで与えられるものは、なんでも提供しますよ。でも、全
てをお金や人材でカバーすることはできないんです」

伯母さんが、きっぱり言い切った。

「そのお金でどうにもならない部分を、カウンセラーの妹
尾さんやうちの同居人たちに、ボランティアで埋めても
らってたんです。でもね……」

「わかります」

会長が、さっと先を引き取る。

「学生さんは、卒業して家を出る。亜希ちゃんと同じっ
て、ことですね?」

「そうです。なので、少し長いスパンで付き合ってもらえ
るサポーターが欲しい。どうしても欲しい!」

訴えに血が滲んでいる。
そう思えるくらい伯母さんの働きかけは切羽詰まってた。

「うーん……」

会長が、腕組みをしたまま考え込んでしまった。
進くんや司くんが生まれる前なら。
まだ会長が一人の時なら。
会長は、きっと二つ返事で引き受けただろう。

でも、自分の家庭を犠牲にしてまで弓削さんのケアに手を
伸ばすことは出来ない。
それは、受験生の僕やしゃらにサポートできることがうん
と限られてるのと同じだ。

もちろん伯母さんも、会長がおいそれとオーケーを出さな
いのは想定していたはず。
だから、伯母さんの提案はすごく現実的だった。

「八内さんのような住み込みの形は、お願いしようがあり
ません。そうじゃなく、家事の練習生。そういう付き合い
方をお願いできればと思っています」

「ああ、そうか。じゃあ、通いということですね?」

「そうです。ずっとうちに缶詰にしていても、あまりリハ
ビリが進まないんです。出勤という感覚。仕事のために家
を出て、仕事を終えて家に帰る、そのシミュレーションを
させたいんです」

「なるほどね」

会長が、納得顔でぐいっと頷いた。

「そうか。それなら、私もお手伝いできるかもしれません」

「いつきくんに聞いておいてもらったのは、その出勤先を
もう一つ確保しておきたいからなの」

「ええっ? うちもですかっ!」

「あくまでも候補よ。でも、出られるところを徐々に増や
していかないと、受け皿を探せない」

むー。確かにそうだ。

「まあ、僕は来春ここを出る予定だし。母さんが、黙って
るとは思えないし」

「ほほほっ。そうね」

会長が目を細めて笑った。

「問題は、むっつりすけべの父さんがどう出るか、だなあ」

どてっ!
伯母さんと会長が揃ってぶっこけた。

みんな、父さんの実態を知らないからねい。ぐひひ。


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