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三年生編 第98話(10) [小説]

玄関先でぺちゃくちゃしゃべっている間に、先輩のお父さ
んが山のような食料品とベビー用品を抱えて帰ってきた。

先輩のお父さんは見るからに独立心が強い感じ。
だから先輩がどんな格好で帰ってきても、一切それには関
心がないんだろう。淡々としてた。

「おう、工藤さん、御園さん、久しぶりだね」

「お子さんの誕生おめでとうございます!」

「わははははっ!」

いかつい顔を、これ以上ないってくらいくっしゃくしゃに
してお父さんが照れ笑いした。
なるほど。こらあカンペキに壊れとるわ。

全員でもう一度家の中に入って、小声でやり取りする。

「名前はもう決めたんですかー?」

しゃらが探りを入れる。

「まだ役所には出してないけどな。決めたよ」

先輩が、やれやれって顔をした。

「キラキラじゃないけど、変わってるよ」

「ふうん」

お父さんは、ベビーベッドで眠っている赤ちゃんを覗き込
みながら、ぼそぼそと話す。

「片桐宗家は、祖父が孫の名付けをする。そういう決まり
なのさ。でも、親父はそういうのが大嫌いでね。おまえら
で勝手に決めろ、だってさ」

うわ、いろいろあるんだなあ。

「俺のじいさんが長与(ちょうよ)、親父が玄生(げんせ
い)、俺が揺錘(ようすい)。まあ、その並びに和夫だの
健太だの並べてもしっくり来ないだろう」

「おいおい、そういう問題じゃないだろー、親父ぃ」

「まあな。だが、息子が将来選択しうる道の一つとして祓
いが残った以上、それには備えとく必要がある」

お父さんの厳粛な言い方に、先輩が黙った。

「俺は、息子に道を押し付けるつもりはないよ。でも、片
桐の担ってきた責務はちゃんと伝えたい。その上で、祓い
の道も選択肢に入るように整えたい。そのための名付けさ」

「……うん」

お父さんが、僕らをぐるっと見回しながら赤ちゃんの名前
を披露した。

「息子の名は、正しいに路面の路で、正路(せいろ)」

確かに変わってる。でも、字はそうでもない。

「一般的には、まさみちと読む字面だけどな」

「そう読ませないってことですかー」

「俺はな。息子がその呼ばれ方が絶対に嫌だっていうのな
ら、あとで変えればいい」

「うーん、なるほどぉ。そういうことかあ」

先輩は、お父さんの説明に少し納得したみたい。
まだ、名前だけしか知らされてなかったんだろう。

「羅刹門の亀裂を塞いで、秩序は戻った。ただ、それはあ
そこだけさ。禁所と同じような場所は、他にもまだある」

「うん」

「乱れてしまった秩序の中にあって、道を誤らぬように。
常に正しい路を選び取れるようにってことだ」

うーん、深いなあ……。

「あのー、お父さん。それじゃあ、これまでの名前ってい
うのも全部意味があるってことですか?」

「もちろんだよ。祖父の長与は長く与る。事に当たる時に
は半端に投げ出すなという戒め。父の玄生は奥深く生きよ
という意味。俺の揺錘は、どんなに運命に振り回されても
原点に戻る錘(おもり)であれという意味」

うわ、すげえ。

「まあ、名はあくまでも識別子に過ぎないという見方もあ
るさ。だけど、言霊という言い方があるくらいだからね。
そこに込められた念は人を導く助けになるかなあと思って
ね」

「じゃあ、先輩の名前はどういう由来なんですかー?」

すかさずしゃらが突っ込んだ。

「わたしも教えてもらってないんだ。適当だとか言わんだ
ろなー」

不信感たっぷりで、先輩がお父さんをにらんだ。
お父さんが、あっさり説明する。

「見て選ぶ。見選り、だよ」

「え?」

先輩が、目をぱちくり。

「それは『目』のこととは何も関係ない。生まれたばかり
のおまえにどんな性質があるかなんて、最初からは分から
ん」

「う、そっか」

「自分の生き方を、自分と周囲をしっかり見て選べ。それ
だけさ」

「なんでひらがなにしたん?」

「漢字だと、間違いなく浮くからだよ」

先輩、大納得。

「確かになー。漢字にされたらひゃっぱーグレてたな」

どわははははっ!

みんながでかい声で一斉に笑ったから、びっくりして正路
くんが起きちゃった。

「んぎゃあああああああああああああああああああっ!」

その泣き声……激烈。


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