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三年生編 第91話(5) [小説]

僕は足を止めて考え込む。
僕としゃらの間だって、そうなんだ。

来知大の奥村さんに言われたこと。

『学生の間の恋愛はシミュレーションに過ぎない』

聞きようによってはかちんと来る言い方だったけど、冷静に
考えたら確かにそうだよなと思う。

生活の苦労がない間は、相手から何かして欲しいっていうの
ばっかが先に出る。
僕のこと、わたしのことが好きなら、それは当然でしょって。

学生のうちは、一緒にいるだけで幸せって感じられるから、
リクエストがささやかなんだ。
でも、自立したらそのリクエストが大きくなるんだろう。
そうしたら、自分がしっかりしていないと何ももらえない
し、何もあげられない。

現実のプレッシャーを跳ね返すたくましさがないと、恋愛な
んか続かないよ。
奥村さんの警告は、そういうこと。

うん。確かにそう思う。

僕もしゃらもバイトをしてる。社会経験の先取りはしてる。
でも、それもさっきの恋愛と同じで、シミュレーションに過
ぎない。

バイトは他の人と置き換えが利く。
僕らには大事な意味があっても、雇っている方にはそんなに
意味がないのかもしれない。
きちんと職を決めて働いている人と、同列には並べられない
んだよね。

僕らは、まだいろんなところが仮免だ。
その仮免で動かせるところをいろいろやってみて、その間に
心身をタフにして次のステップを考えていかないと……きっ
と続かない。

僕らが何か決めたこと。
会長が何か決めたこと。
同じようでいて、まるっきり違う。

僕らは、まだまだ気楽に修正出来る。
でも、会長の決断にはほとんど修正の余地がないんだ。
それを、しっかり心に刻み込んでおかないとならない。

「おっと。さっさと済まそう」


           −=*=−


せっかくスーパーまで来たんだから、智美さんの花屋に顔を
出すことにした。

「こんばんはー」

「あら、工藤さん。お久しぶりですー」

「何か出物がありますかー?」

「うーん、今はちょうど端境(はざかい)なのよねえ」

智美さんがぐるりと店内を見回す。
そうなんだよね。夏花はもうセール終盤。秋の花にはちょっ
と早い。まさに夏枯れ、だ。うーん。

「こんなのはどうです?」

ごそごそと店内を探し回っていた智美さんが、ポリポット苗
をひょいと差し出した。
もさっとした小さい木だ。

「なんか……地味ですね」

「匂いを嗅いでみて」

「ほ?」

枝先の、紫色の小花がごしゃと固まっているところに鼻を近
づける。

「わ、あまーい匂いがする。へえー」

「ヘリオトロープです。香水原料にもなる木ね」

「見かけによらないなー」

「あはは。でも香料として使われる花って、派手なのはそん
なに多くないよー」

「そうなんですか?」

「そう。イランイランとかニオイスミレとか、このヘリオト
ロープとか、花自体はむしろ小さくて地味なの」

なるほど。

「その地味な花でも虫を呼べるように、香りが地味さを補佐
してるってことなんでしょ」

「納得です」

「ヘリオトロープは、温度さえあればずっと花を着けてくれ
るの。四季咲き性が強いし、切り戻してサイズを調整出来る
から育てやすいです」

「そっかあ。じゃあ、一鉢ください」

「はあい、お買い上げありがとうございますー」



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