SSブログ

三年生編 第89話(1) [小説]

8月29日(土曜日)

「やれやれ」

夏休み明けの一週間をなんとか乗り切って、体が少し学校通
いに慣れてきた。

遊び倒しても勉強三昧でも、やっぱり長い休みの間は学校に
通ってる時とはペースが違う。
朝早く起きなくても済むし、夜は遅くまで起きていられちゃ
う。
そういう不規則な時間の使い方をずるずる引きずると、学校
に通う時の生活リズムにすぐ戻らないんだ。

まじめに学校に通ってる僕らでもそうだから、ブランクが出
来ちゃったさゆりんは、どういうプランに乗るにしてもこれ
から生活リズムを作るのがしんどいと思う。

そうは言っても、今はそれどころじゃないだろうな。
この前僕が提示した選択肢のどれをとっても、楽ちんすー
すーってことは絶対にありえない。

自力で行動を起こすのはまだ無理にしても、誰かが作ってく
れたプログラムに乗るからイージーってこともないんだ。
どうしても精神的、肉体的な負荷がかかるから。

さゆりんにとっては、試練よだなあ……。

「ふわああっ」

でっかいあくびを噛み潰しながらリビングに降りたら、母さ
んがダイニングテーブルの上に何かを乗っけて、それを熱心
に調べてた。

「はよー、母さん。それなに?」

「分かんないから調べてんのよ」

「ふうん。もらったの?」

「いや、お隣の鈴木さんが、お子さんを連れてピクニックに
行った先に生えてたんだって。調べてくれないかって言われ
てさ」

「へえー。なんか柔らかそうな草だね」

「そう。最初はヘンルーダかなあと思ったんだけど、花が白
いのよね。ヘンルーダは黄色」

「匂いは?」

「同系統じゃないかなあ。ちょっと薬っぽい匂いがする」

くんくんくん。あ、確かに。

「園芸植物じゃなくて、野草なんじゃないの?」

「あ、その可能性もあるのか」

「僕の図鑑、持ってこようか?」

「助かる」

一度自分の部屋に戻って、ハンディ植物図鑑を取ってくる。

それをぱらぱらめくった。
ヘンルーダに姿形や匂いが似てるってことは、同じ科なん
じゃないかなあ。ええと、ヘンルーダはミカン科、と。

「あ、こいつちゃう?」

僕が指し示したページを見て、母さんがぽんと手を叩いた。

「そう! これだわ。マツカゼソウ、か」

「初めて見たなー」

「だよね」

名前が分かったところで、母さんの草への興味は薄れたみた
いだ。花は地味だし、ちぎった茎だけじゃ植えることも増や
すことも出来ないだろうし。
鈴木さんに名前の報告が出来れば、それで満足なんだろう。
でも母さんの鳥頭なら、すぐに名前を忘れちゃいそうだけ
ど。うけけ。

「ところで、いっちゃん。今日は御園さんと出かけないの?」

「しゃらは今日、友達とアガチス女子短大のオープンキャン
パスに行ってるんだよ」

「あ、そうかー」

「先週ひどく腹壊してずっとダウンしてたから、大丈夫か
なーと思ったんだけど、根性で治したらしい」

「あはは! さすがね」

「まあなー」

「いっちゃんは、一緒に行かないの?」

「あのさー、女子大に潜入すんのはいくらオープンキャンパ
スでも無理だって」

「女装すれば……」

「だあほっ!」

ったく。このハハは。



共通テーマ:趣味・カルチャー