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三年生編 第81話(3) [小説]

「それはそうと、さっきの話」

きゅっと眉を釣り上げた伯母さんが、突っ込んできた。

「ええ。亡くなった大叔父は、父の養父の方の親族で」

「工藤の方だね」

「はい。父は高校の時に養親が事故で亡くなって孤児に戻っ
てしまったんですけど、そのあと父が自立して働くようにな
るまで父親代わりのサポートをしてくれたのが、祖父の弟、
僕の大叔父である勘助おじちゃんなんです」

「うん」

「工藤一族の精神的支柱って言ってもいいかもしれません。
おおらかで、懐が深くて、楽天的で。僕らは、大好きだった
んです」

「うん」

「でも、先月脳梗塞で倒れて」

「……」

「うちは、誰も知らなかったんですよ。勘助おじさんの家族
ですら会えない危篤状態がずっと続いてたみたいで、誰にも
知らせてなかったって」

「ふうん……」

伯母さんは、何か変だなあと思ったかもしれない。

「それ、ほんと?」

「あはは。やっぱ、伯母さんは気付いちゃいますね」

「普段浅い付き合いしかないならともかく、親族の大黒柱な
ら、すぐ連絡が回るでしょ?」

「ええ。事情がもう一つ重なってたんですよ」

ふうっ。切ない……な。

「勘助おじちゃんは、長男の信高おじちゃんの家に同居して
たんですけど、そこの子供のさゆりちゃんが、この春高校合
格したのに不登校になってて」

「あら」

「いや、不登校っていうのは正確じゃないですね。お父さん
と衝突して、家を……飛び出してたんです」

「みおちゃんと同じ年でしょ?」

「そうです」

「……」

「朱に交わればなんとかっていうやつですね。ろくでもない
連中に引きずり込まれたんでしょう。そのままずるずる」

「ドロップアウト、か」

「母から遠回しに話を聞いてたんですけど、僕にどうにか出
来ることでもないし」

「そうだね」

「それが、夏期講習で東京に行ってる時に新宿でばったり」

「えええ? すごい偶然だね」

「偶然……ですかね」

「どういうこと?」

「僕は……勘助おじさんが最後の力を振り絞って、僕らを会
わせてくれたのかなと。そう思ってます」

「……」

「さゆりちゃんは、勘助おじちゃんの死に目には会えたと思
います。でも、勘助おじちゃんが倒れたのは自分のせいだっ
て、自分をすごく責めてるんでしょう。錯乱状態みたいで」

「……そうか。それは……辛いね」

「ええ。事態が複雑になっちゃったんで、僕らは下手に触れ
ないんです」

「それで……か。亡くなった人より、生きてる人優先になっ
ちゃうもんね」

「そうですね。すっごい切ないんですけど」

ふうっ。

「勘助おじちゃんには、これまで心遣いも元気もいっぱいも
らいました。それなら、たくさんもらった僕らは、勘助おじ
ちゃんの分まで返していかなきゃなんないなーと」

ばんばん!
伯母さんが、僕の肩を思い切り叩いた。

「いい心がけだ! 大叔父さんもあの世できっと喜んでるよ」

「はは……は」

あとは……言葉に出来なかった。
涙しか……出なかった。

伯母さんは、泣き喘ぐ僕をしばらくじっと見下ろしていたけ
ど、寂しそうにふっとこぼした。

「いつきくんのとこも橘のとこもそうだけどさ。必ずしも血
縁が全てじゃないね」

「は……い」

「私はこの頃、人と人とを繋ぐものは何なのかなって本気で
考えてしまう」

伯母さんが会長を辞めてここに越してきてから、伯母さんの
周りは本当に賑やかになったと思う。
それでも。一度空っぽになってしまった伯母さんの心の隙間
を埋めるのは、容易なことじゃないんだろうな……。

溜まっていた涙を流せた僕は……さっき自分で言ったことを
思い出していた。

『勘助おじちゃんからもらったものを、もっと大きくして返
す』

でも、嵐の真っ只中にいる健ちゃんたちには、今はまだ何も
出来ない。
しゃらやその家族に僕が出来ることは今残らずやってるし、
これからもするつもりだ。
でも……。

弓削さんのケアを、無責任に伯母さんに押し付けてしまった
こと。
僕の中では、それがずーっと後悔として残ったままなんだ。
それに……けりを着けたい。

男の僕は、弓削さんに直接出来ることはない。
でも、僕に出来ることがもう一つあったんだ。
それに気付いたんだよね。



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