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三年生編 第78話(3) [小説]

僕と父さんの話し声が聞こえたのか、母さんが眠そうな目を
擦りながらリビングに出てきた。

「ちょっと、まだ五時じゃない。なんでこんな朝早くから」

「目が冴えちゃったんだよ」

「僕は合宿の後遺症。ずっと五時起きだったから」

「あはは。そういうことね」

母さんはソファーには座らないで、ダイニングテーブルの方
の椅子に腰を下ろした。

「いっちゃんは、御園さんに電話したの?」

「してない。昨日はぐだぐだに疲れてたし。帰ったよーって
メール流しただけ。今日、こっちに出て来るでしょ。その時
に直接話した方がいいかなーと思ってさ」

「それもそうか」

「僕が向こう行ってる間に、何かあった?」

「ううん、特に。実生が寂しそうだっただけ」

「あはは。まあ、慣れてもらうしかないなー」

「いっちゃんは、ホームシックにならんかったの?」

「なるんかなあと予想してたんだけど。それどこじゃな
かった」

「へ?」

「いや、今も父さんと話してたんだけどさ。進路のことで
どっぷりどつぼにはまってたから」

「へー。割と順調だと思ったのに」

「いや、仮がずっと取れなかったし、大学行って何やるかと
か、その後就職どうするとか、いろいろね」

「鉄板ねえ。いっちゃんもほんと頑固だから」

「アドバイザーの先生にも、こだわるねーって言われた。大
学で考えればいいっていう割り切りは出来ないのかって」

「出来ないんでしょ?」

「出来ない。かっちかちに目標を固める必要はないと思って
るけど、やっぱり見えるところに目印置いとかないとしんど
いんだ」

「分かる。じゃあ、仮は取ったってことね」

「そう。県立大生物で固定。私大の生物系で、県立大より上
のところを滑り止め」

ずべっ! 母さんもぶっこけた。

「まあた、変わってるわねー」

「モチベーションの問題さ。それに、本番前は出来るだけプ
レッシャーを軽くしときたい」

「ああ、そういうのもあるのかー」

「県立大生物で、何やるつもりなんだ?」

父さんが、直球の突っ込みを入れてきた。

「バイオ」

どったあん!
父さん、母さんが揃ってぶっこけた。
まるっきり予想外だったんだろう。

「おまえのイメージに全然合わんが」

「えーっ!? まじ!?」

「ははは。変に予備知識を持ってなくて、一から組み立てら
れる。ちゃんと理屈が分かってることだから、自分で納得出
来る。応用につながってるし、就職にも生かせる」

「なんか、いっちゃんが好きって感じじゃ……」

「まあね。植物たちがどうやって生きてるのかっていう、生
態学の方がおもしろいんだろうけど、僕には向いてない」

「ほう? どうしてだ?」

「フクザツ過ぎるの」

父さん母さんが、顔を見合わせた。

「人と人との繋がりだって、そうじゃん。ものすごく複雑怪
奇。そっちで毎日神経すり減らすのに、勉強でもあれこれ
いっぱい考えないとならないのは、しんどいなーと」

「まあた、おもしろい発想だこと」

「それに、もし好きになってはまり過ぎると、僕はしゃらに
目を向けられなくなる」

母さんが、ぎゅうっと顔をしかめた。

「僕はそんなに器用じゃないよ。あっちもこっちもは出来な
い」

「それで、か」

「嫌いだけどバイオをやるってわけじゃないよ。知り合った
子とだんだん仲良くなる。それと同じプロセスを踏めるかな
あと思ってさ」

父さんが、うんと頷いた。

「不思議なもんだな。俺の時と同じような選択を、やっぱり
息子がするのか」

「へー」

「俺は電気や物理系が好きだったから、先生も養親も絶対
そっち系に行くんだろうと思ってたのさ」

「あ、そうか。でも父さんの選択は経済だったもんね」

「そう。文系。好きなものを仕事にすると、絶対に先々息苦
しくなる。好きなものは、いつまでも自分の中に大事に取っ
ておきたい。そういう考え方にしたんだ」

「父さんは、それに納得してる?」

「してるよ。俺は仕事イコール生きがいにはしてないし、す
るつもりもない。運命が俺のしたいようにさせてくれないな
ら、俺が出来ることだけは手放したくないんだ」

うん。それにはすごく納得。

「だからと言って、仕事をいい加減にしているつもりはない
し、それこそ割り切りの問題だろ。だから、おまえもそうす
ればいいと思うよ」

「だね」

「なんか、結局年寄りじみちゃうのねえ」

母さんが、あきれ顔で僕をじろじろ見回す。

「しゃあないやん。ずーっとそう言われっぱなしだし。それ
こそ、もう慣れたわ」

ぎゃははははっ!





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