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三年生編 第78話(1) [小説]

8月10日(月曜日)

「ん……つつ」

後頭部に、じわあっとしびれるような痛みを感じて目が覚め
た。

体を起こして、窓に目をやる。まだ外が暗い。
思わず苦笑しちゃった。

「目覚ましかけなくても、五時前に目が開いちゃうな」

たった二週間なのに、冷房なし五時起きの環境が自分のデフォ
ルトになっちゃった。
人間の環境適応能力って凄まじいなあと思う。

頭痛はたぶんエアコンのせいだろう。
暑さに慣れちゃった体には、温度設定が27度でも低すぎる
のかもしれない。

「早くに目ぇ覚めちゃったから、顔を洗って、少し追い込む
か」

まだみんな寝ているはずだから、忍び足で部屋を出てリビン
グに降りる。

「あれ?」

リビングの明かりが点いてる。誰だろ?
父さん、か。

「おはよー。ってか、ずいぶん早くない?」

「眠れなくてな」

「勘助おじさんのこと?」

「そう。樹生も実生も年齢が上がってきたから、大勢でわい
わいの墓参りもそろそろ終わりだなあとは思ってたんだけど
さ」

「うん」

「まさか……こういうことで出来なくなるとはなあ」

父さん、がっくりだ。

「でも、僕らはお墓参り行くんでしょ?」

「もちろん行く。たぶん、向こうで工藤と斉藤の誰かかれか
に出くわすだろ。その時に、いろいろ状況を聞いておきたい
し」

「あ、そうか。寿乃おばさんも、血圧高くて具合い悪いって
言ってたもんな」

「そうなんだよ。おばさんは、墓参りには必ず行くってゴネ
てるんだ。でも、付き添いがな」

「だよね。おばさん、豪快だから」

父さんが苦笑した。

「残暑が厳しいし、無理を押して病状を悪化させるとしゃれ
にならん」

「うん……」

関係者一同が集まっての大宴会も、去年のが最後になったの
かもしれない。
お盆の風物詩は、それがずっと続くってわけじゃなかったん
だ。時の流れって、本当に残酷だな。

僕がしょげちゃったのが目に入ったんだろう。
父さんがうっすら笑った。

「それでもな」

「うん」

「親族同士がこんなに仲がいいっていうのは、今時珍しいん
だよ。職場でも友人関係でも、あまりいい話は聞こえてこな
い。子供の人数が減って、それでなくても親戚っていう概念
が薄れてる時代なんだ。うちは、本当に恵まれてると思うぞ」

そうか……。

「うちもごたごたを抱えたけど、そういうのはどこも同じさ。
みんな、何かかにか抱えてる。愚痴を聞いたり、みんなで知
恵を出し合ったり、そういうのが出来る間柄が多いのは、間
違いなく財産だよ」

「そうだよね」

「昨日、おまえが休むちょっと前に、健くんからまた電話が
あってな」

「おじさんのことで?」

「いや、さゆりちゃんのことさ」

「ああ……」

「向こうでばったり出くわしたんだろ?」

「そう。あの新宿の人混みの中でばったりだったから、偶然
てすげえと思ったんだけど」

「偶然か……健くんにとってはそうじゃない。まさに天の配
剤だろうな」

天の配剤、か。
僕は、そう思いたくないけど。

「勘助さんのことで家がごたついてるから、今は健くんがさ
ゆりちゃんの目付役になってる。落ち着いたら、また連絡す
るってさ」

ああ、そうか。
僕の方からはアクセスしないでくれ……そういうことだ。
さゆりんだけじゃない。健ちゃんもまた、今はいっぱいいっ
ぱいなんだろう。

それなら、僕は待つしかない。
健ちゃんやさゆりんが嵐を乗り切るのを、じっと待つしかな
い。かつて僕らがそうだったようにね。



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